愛憎渦巻く世界にて
シャルルとマリアンヌとクルップが、ジャングルの中を疾走している。ウィリアムたちが敵を引きつけてくれているので、近くに蛮族がいる気配は無かったし、メアリーの短筒が発する銃声もときどき聞こえてきたので、ある程度は安心することができた。
そのときになって、クルップは、シャルルが自分の剣を持っていることに気がついた。
「その剣はオレの剣だぞ?」
クルップは走りながらシャルルに、自分の剣を返すよう言った。しかし、シャルルは首を左右に振り、
「悪いけど、この剣は少なくとも、ウィリアムたちに追いつくまでは返せない」
クルップに、警戒しているということを告げる口調で断った。
断られたクルップは、仕方がないかという様子であきらめたが、
「ごめんなさいね」
シャルルに手を引かれて走っているマリアンヌから、謝罪の言葉を投げかけられ、彼はポカンという表情をした。
彼の頭の中に、『なぜ自分を助けてくれたのか?』という疑問が再び浮上し、
「なぜオレを助けたんだ?」
シャルルとマリアンヌに思わず尋ねた。
「クルップさんも同じ人間ですし、これ以上私のせいで人が死ぬのはイヤなんです」
マリアンヌが、先ほどと同じような平然とした口調で答えた。シャルルは何も答えなかったが、一応マリアンヌに同意はしているという様子だった。
クルップは、マリアンヌの言葉に、走りながらただ驚くしかなかった……。そして、心の中で深く感動し、これはワナだと思ってしまった自分が恥ずかしくなった……。
それに虚しくもなった。なぜなら、自分はマリアンヌを殺そうとしていたのに、その彼女が自分を助けてくれたからだった。シャルルも敵国の人間であり、マリアンヌのついでに殺すことぐらい、自分は躊躇しなかっただろう。彼は子供の頃から、敵国であるムチュー王国を憎むよう教えられてきた。なので、ムチュー王国の人間を皆殺しにすることにだって、抵抗はなかった。
しかし、今目の前にいる2人のムチュー王国の人間は、自分を助けてくれたのだ……。悲しく恥ずかしくなった彼は、今すぐ走るのをやめて、その場に穴を掘り、その穴の中に隠れてしまいたくなった……。
クルップがそんなことを考えていたとき、奥の繁みの向こうから、3人の蛮族が走ってきた。どうやら、シャルルたちを見つけたからではなく、ウィリアムたちの激しい反撃にびびって逃げてきた連中のようだ。命からがら逃げてきたという表情であった。シャルルたちと3人の蛮族は、互いに相手を見つけると、すぐにその場で立ち止まった。
しかし、シャルルたちを見つけると、その表情はすぐに変わった。彼らのその表情は、『せめてコイツラだけでも殺してしまおう』という表情であった……。彼らはすぐに、手にしていた手斧を構え直し、殺気をシャルルたちに届けた……。
「テシツラソワンチャン!!!」
3人の蛮族は、一斉にシャルルたちに向かって突撃していく。
「貸せ!!!」
クルップは思わず、シャルルから剣を奪い取ると、素早く慣れた手つきで剣を構えた。そのときのクルップの表情は、真剣そのものだった。そんなことには構わずに、3人の蛮族は突撃を続ける。