愛憎渦巻く世界にて
クルップは、倒れたやぐらと小屋のガレキの中におり、かすかなすき間から外の様子を伺がっていた。蛮族はみんな、シャルルたちを追跡しているらしく、外に人気は無い。
幸いなことに、彼は大きなケガは負っていなかったものの、ガレキの丸太が重なってしまっているせいで、自分1人ではそこから抜け出せそうになかった。ゲルマニアに助けを求めることぐらいは抵抗が無かったが、かすかなすき間を見つけたときには、ゲルマニアはもう近くにいなかった。
そのため、彼はここに閉じ込められているしかなかった。だが、このままでは、蛮族に殺されるか、ここで餓死するかだろう。彼の頭の中では、
{いっそのこと、今すぐここで自殺するか}
という、あきらめの心理が渦巻いていた。自分の死体が母国に帰る可能性もほぼゼロだが、みじめな死にかたをするよりかはマシだからだ。彼は、軍人の貴族の出身である立派な軍人であるので、死ぬことへの抵抗は無かった。
彼は、自殺の準備をしようと、自分の剣を手探りで探した。
{クソ! 剣をまたどこかへやってしまった!}
彼の剣はシャルルが持ち去ったので、ここにあるはずはない。彼は、剣の代わりになりそうな鋭い物を、手探りでまた探す。
{……これでいいか}
クルップの手には、ツボの破片があった……。もしかしたら、その破片は、自分がさっき割ったツボの破片かもしれなかった……。そんな皮肉を知ったクルップは、苦笑いするしかなかった……。
{さあ、どこに突き刺そうかな}
彼は、楽に死ぬにはどこを刺すべきだったのかを、いざというときの自殺方法の知識から呼出し始めた。
「クルップさ〜ん! どこですか〜!」
「マリアンヌ様、もう少し小さな声でお願いします」
ちょうどそのとき、シャルルとマリアンヌの声が聞こえてきた。その途端、クルップは、自殺方法を思い出すのをやめた。
彼は、助けが来たことに安堵するとともに、不安になった。その不安は、シャルルとマリアンヌだけしかいないからだった。なぜ、自分が殺そうとしているマリアンヌと、敵国の民であるシャルルが、自分を助けてくれるのだろうかと、クルップは理由を見つけようとした。
「あっ、ここにいました!」
その理由をクルップが見つける前に、マリアンヌがガレキの中にいるクルップを発見した。かすかなすき間の向こうに、マリアンヌの顔が見えると、クルップは戸惑うばかりだった。
「オレを助けてくれるのか?」
クルップはマリアンヌに、思わずそう尋ねる。
「当たり前ですよ。そのために戻ってきたのですから」
マリアンヌが平然とそう答えると、
「…………」
クルップは、とても信じられないという様子で黙るしかなかった。
「マリアンヌ様、手伝ってくれますか?」
「もちろんですわ」
シャルルとマリアンヌは、手頃な丸太を使い、てこの原理を駆使して、クルップを出られなくしている数本の丸太を次々にどかしていった。
その間、クルップは、マリアンヌとシャルルが自分を助ける理由を再び考えていた。これはワナだと思ったが、わざわざこんなリスクを犯す必要が無いことを考えると、ワナでは無いという結論に達した。
「オイ、早く行こうぜ」
汗だくのシャルルに促され、クルップは理由を考えるのを止めた。そして、彼は、先に走り出したシャルルとマリアンヌの後を追いかけていった。