愛憎渦巻く世界にて
メアリーは、慎重に、自分たちを取り囲んでいる蛮族の面々を一通り見た後で、
「ウィリアム様、あそこにいる緑色っぽいボロ布を着ている老人の方向なら、強行突破できそうです」
メアリーが、蛮族の群集の外側へと抜け出せる方向を、ウィリアムに伝えた。彼女は脱出経路を探していたのだ。
その方向にいる蛮族は、数が少ないうえに、年寄りが多かった。強行突破するにはうってつけの方向であった。ただし、シャルルたちがいる蛮族の村の周囲は、うっそうとしたジャングルがあり、その方向が海に近いかどうかはわからなかった。さらに、
「海岸に着いてみたら、砂浜じゃなくて崖だった場合はどうするべきか」
このような危険性もある。ウィリアムは、短筒を構えながら、もしも崖に追いつめられた際にどうするかを考え始めた。しかし、
「行ってみるしかないよ!」
シャルルが元気よく促したので、ウィリアムは別のことを考え始める。
「では、シャルルは後ろを守れ! 私たちは道を切り開く!」
別のこととは、どういう形態を取って強行突破するかであった。この形態による成功は、素早く行動できるかどうかにかかっている。後ろの守りを元気なシャルルに任せ、ウィリアムとメアリーとゲルマニアは、蛮族の中に道を素早くつくるのだ。うまくいけば、強い敵への対処に手間取らずに済む。
「いいか。1、2の3でいくぞ!」
ウィリアムが、弓矢を構え直しながら言った。今にも矢が飛びそうであった。
「わかった。早くカウントを始めてくれ」
これはゲルマニアで、こういう危険な戦いには慣れた様子であった。彼女は、剣をいつでも使えるように構えており、彼女の働きには期待できそうだ。
「1、2の、3!」
ウィリアムがすらりと合図を出した途端に、メアリーとゲルマニアは、自分の武器を使って、蛮族の群集の目標の方向の1番前にいる2人の老人を、同時に殺した。銃弾は1人の後頭部から飛び出し、剣の刃はもう1人の頭部を縦に割った……。
先頭のゲルマニアが進み始めると、シャルルたちが後を追う。
「遅れずについてこいよ!」
ウィリアムは、別の老人に向けて矢を放った後で、まだ頼りないシャルルとまったく頼りないメアリーに言った。
もちろん、シャルルは真剣な様子で、後方を守っていた。マリアンヌも真剣な様子で、前にいるメアリーの後ろにちゃんとついていた。
蛮族は、突然の強行突破に慌てており、シャルルたちを攻めたり、押し戻すことができずにいた。何人かの蛮族の男たちが、剣をしっかりと構えているシャルルを、一定の距離を取って、追いかけていることぐらいだ。
さらに、メアリーの短筒から発せられる銃声が、蛮族が一斉攻撃をしかける気を起こすことを食い止めていた。もちろん、蛮族は火薬の知識など持っておらず、火薬のニオイをかいだぐらいで、おののいている始末であった。
ゲルマニアは、まるで鎌で牧草を刈り取るかのように、蛮族たちを排除して進んでいた。一番緩い部分からの包囲網脱出のため、やる気まんまんの彼女とやりあえる者などそこにいなかった。彼女は、そのことに物足りなさを感じていたが、部下の兵士たちを連れ出っての戦をしているわけではないので、我慢することにした。
彼女だけで、蛮族の中に「道」を切り開くことは可能であったが、負けず嫌いのメアリーも「道」を切り開いていく。銃弾がゲルマニアのすぐ横を通り過ぎていき、ゲルマニアが次に殺すはずだった敵を殺した。
ウィリアムは左右を、シャルルは後方を警戒していた。幸いなことに蛮族は、武器を振り回したりといった威嚇だけにとどめており、攻撃を仕掛ける用意はできていないようだった。