愛憎渦巻く世界にて
「あの男、何を言ったんだ?」
シャルルは、怪訝そうに老婆を見ながら言った。言葉がわからないので、誰も答えようがなかった。ただ、さらにめんどうな事態になったことぐらいはわかる。
ゲルマニアは事態を早く察知しようと、窓のそばに行った。そして、下の様子をそっと見てみた。すると、彼女は顔色を変えて、シャルルたちのほうを向き、
「おい、大変だ!!!」
そう叫んだ……。シャルルたちも急いで、窓のそばに行き、そっと下を見た。蛮族の様子を一目見たシャルルたちは、息を飲んだ……。
蛮族は、ただ取り囲むのをやめて、本格的な戦闘体勢を整えていた……。男たちは、石製の手斧や原始的な弓矢を持ち、女たちは火をたいたり、戦意昂揚のための太鼓を準備していた。蛮族から感じられるのは、覚悟を決めた熱烈な戦闘意欲だけだった……。
「こっちには人質がいるんだから、大丈夫なんだよな?」
シャルルは、そう願いたいという口調で、ウィリアムに問いた。だが、ウィリアムは首を横に振り、老婆を指さし、
「老婆のあの様子から考えれば、蛮族どもは老婆を見捨てるつもりらしいな」
めんどうなことになったという口調でそう言った。そして、ウィリアムは話し続ける。
「その老婆を連れて、海岸に行くしかないな。今ならまだ」
「あぶない!!!」
ゲルマニアがそう叫んだ瞬間、
バシィ!!! バシィ!!! バシィ!!!
何本かの矢が、小屋に向かって飛来してきた……。そのうちの1本が、吹きさらしの窓を通過し、天井にブスンと突き刺さった。その後に続くかのように、矢が次々に飛来し、小屋に突き刺さっていく。突き刺さったうちの何本かに1本が、天井に突き刺さっており、その数は着々と増えていく。
マリアンヌは悲鳴をあげ、老婆は両手で顔を覆った。ウィリアムとメアリーは、自慢の飛び道具を構えると、反撃を始めた。ゲルマニアとクルップは、ドアを少しだけ開けて、下の様子を見ている。
「どんどん昇ってきている!」
ゲルマニアはそう言うと、剣を構え、届く位置まで蛮族が昇ってくるのを待ち構え始めた。すぐ横にいるクルップも同じようにする。2本の剣の刃が、日光に反射していた。
シャルルはマリアンヌを伏せさせると、老婆をドアのところまで、無理やり引っ張ってきた。老婆は、驚いた表情でシャルルを見ながら喚いている。
「このババア、まだ使えないかな?」
シャルルは、老婆をまだ人質として使うつもりらしく、ドアのところに老婆を立たせた。
「もう無理だとは思うが……」
ゲルマニアはそうつぶやきながらも、一応試してみようと、ドアをゆっくりと開けて、下にいる蛮族に見えるようにした。
グサッ! グサッ! グサッ!
だが、老婆に人質の価値はもう無かったようだ……。ドアを開けて見えるようにしてからすぐに、老婆の身体中に数本の矢が突き刺さったからだ。急所を貫かれたらしい老婆は、次の瞬間には死んでいた……。
おそらく、老婆が死んだほうが都合が良いという者が、蛮族の中にいるのだろう。しかし、
「チネシネャホクァモワンチャン!!!」
なぜか、老婆を殺したのはシャルルたちだということになり、蛮族の戦意が上がってしまった……。蛮族をけしかけたり、今の煽動をおこなったのは、老婆の死によって得をする者たちだろう。おおかた、老婆の後釜を狙っている奴らであることは間違いない。