海のたより
──なめろう──
今回、漁師のことでなにかを書こうと、ネタを集めたところまではよかったのですが、絶対忘れないというヘンな自信を持ってたために、メモをとっておきませんでした。
ところが、いざ書こうとしたら、すっかり忘れてしまっていたのです。
他に何かないかと考えても、思い出せない「そのこと」がひっかかって、おちついて考えることもままならないありさま。
でも、困ったときの強い味方がいることに気がつきました。そう。郷土料理です。
食は、その土地の文化をもっともよく表すもの。これこそ、話のネタにぴったりではありませんか。
それで、思いを巡らして、考えついたのが『なめろう』です。
一般的に「なめろう」と表記しますが、地元では「なめろ」といいます。「なめろう」では間延びした感じがするので「なめろ」という方が新鮮で美味しそうな気がします。
魚はアジでもサンマやイワシでもいいのですが、わたしが一番おいしいと思うのは、アジで作ったものです。
三枚におろして、細かくたたいて、生姜・ネギ・しその葉などをみじんにしたものをいれて、さらにたたき、味噌で味を調えてできあがり。
実に野性味たっぷりの料理です。
それもそのはず、もとは漁師が、沖で漁の合間に食べるまかない料理でした。
魚は、粘りが出るほどよくたたきます。甘みがほんのりでて、皿までなめてしまうほどおいしいので、『なめろう』という名が付いたとか。
これをアワビの殻に詰めて焼いたものがサンガ焼きです。もともとナマで食べられるものですので、半生でもおいしいです。
サンガ焼きもなめろうの作り方に左右されます。粘りが出るほど、よくたたいておかないと、ふんわり柔らかく焼き上がりません。
今は、できあいのものが売っていますが、大抵はほどほどにたたいて、つなぎに卵や小麦粉をいれているものが多く、それではただの魚のハンバーグにすぎません。
しっかり粘りが出るまでたたいておけば、つなぎは必要ないのです。
それから、父は晩酌のとき、なめろうを半分ほど食べたあと、残ったなめろうに酢をまわしかけ、表面がうっすらと白くなったところを食べていました。それもなかなかおいしいものでした。
いつまでも酢につけておくと、酸っぱくなりすぎてしまうので、表面が白くなったところで、酢から出してしまうのがいいですね。
もちろん、酸っぱいものがお好きな方は、もっと酢に漬けて食べてもいいでしょう。