あみのドミノ
「何だか、拍子抜け」亜美乃が言いながらベンチに座った。
私は5センチほど間を開けて座った。街路灯から少しだけ離れていて、斜め横からの光が亜美乃の顔を立体的に浮き上がらせる。(美しい)と私は少しだけ見つめ、人生ってそんなに馬鹿馬鹿しいものでもないと思い直した。しかし、この顔がもう見られなくなるかも知れないと思ったら、街路灯の明かりが急に半分になったような気がした。
これから亜美乃の宿題の結果が上演される。私は公園の向こう側のビル群を見ている。その夜景が私達を見ている観客席のような気がした。
亜美乃が立ち上がり、私の目を見て「踊ってくれません」と言った。私は「あまりうまくないけど」と亜美乃の差し出す手を軽く握り立ち上がった。
「ふふ、背が違い過ぎる」亜美乃がちょっとだけ笑って、それから真面目な顔になり、軽く鼻歌のような歌を歌う。それは【ラストダンスは私に】ではなく、昔に流行った【星影のワルツ】だった。私は亜美乃にリードされながら踊った。少しずつ亜美乃は私の身体に近づいてきて、最後に抱き合ったままじっとしていた。ひんやりしていた亜美乃の身体も暑くなってきている。私も汗ばんでいる。亜美乃が私の背中に回していた手を解いた。
「ありがとう」と亜美乃が言った。まだ何かを話そうと思うそぶりが見えたが、それはうまく言葉にできないような、感情を殺しているような表情にも見える。
「こちらこそ」と私が言ったあと、亜美乃が少しぎこちなく微笑んだ。それから真顔になって「お父さん、今までありがとうございました。身体に気をつけてね」と言った。
「何だか、お嫁に行く前の父と娘の会話みいたいだな」
私はうまく表現できないその感じを笑ってごまかそうとしようとしたが、亜美乃は「これもしたかったの」と言ったあと、唇をきゅっとしめて、何かを呑み込むような仕草をした。うすらと鼻の頭が赤くなってきて、顔が歪んだ。私は涙を見たくなくて亜美乃の顔を胸に抱きかかえた。