あみのドミノ
「あーあ、踊りたいな」
「ん? ディスコ?」
「あれ、言って無かったっけ。田舎の高校でソシアルダンス部に入っていたって」
亜美乃の表情が生き生きしてきて、私も嬉しくなる。
「ワルツとかタンゴとか」
「そう、でも踊る場所ってないね」
「会員になって練習するとかはあるらしいけどね」
「ホテルに行って、ベッドのわきで踊るなんていいかしらね」
「誘い文句? 寝ようかというよりいいね」
「やっぱりそうなっちゃうの」
亜美乃が急にトーンダウンした。また少し暗い表情になる。
「踊り終わって、二人は別々に去っていくのだった」私はふざけて言う。
「最近、どうやって別れようかと考えていることがあるの」
そう言って亜美乃は、次の言葉を逡巡したあと、「出ましょうか」と言った。私も窒息感のような気分から抜け出したくて外に出たかった。
今まさに沈もうとする太陽が西の空をマジェンダ色に染めている。きれいで物悲しさを覚える色だった。いつもは私の腕をとり、引っぱったり引っぱられながら歩いていた亜美乃が、すぐ側にいるとはいえ私に触れることなく歩いている。私にぶら下がるように腕をとって歩いていた頃の顔と今の顔も違って見える。故意によそよそしい態度にも見える今の亜美乃に私はまた別の新鮮さを覚えたが、それはまた胸がつまるような感覚もつきまとってきた。
「さっきの話だけどね」亜美乃が意を決したように言う。
「ああ、ダンスの話、別れ方の話」私は前を向いたままの亜美乃の横顔を見ながら、答えた。いつもよりさらにゆっくり歩く亜美乃を何人もの人々が追い越して行く。