あみのドミノ
ジーンズも父の日のプレゼントらしい。支払いを済ませた時、亜美乃が「ここで着替えて行けば」と言った。私は一瞬、レジの前でズボンを脱ぐのかと思ってしまったが、亜美乃は試着室を見ている。私はすこしためらった後にレジ係りに試着室を使わせてくれるように頼んだ。レジの女性も一瞬ためらったのち、「どうぞ」と言った。
Tシャツとジーンズ姿になった私は、自分でも若返った気がした。
「わあ、十歳若く見えるよ」と亜美乃も嬉しそうに言う。一瞬私は暗算をする。50マイナス10イコール40、それでも亜美乃とは20歳の差がある。少しだけ嬉しさが半減する。
それでも、身体が軽くなったようだ。スーツの入った紙袋はコインロッカーに預けてから私は「ありがとう」と亜美乃に言う。亜美乃は少し照れたような顔をした。そう、その顔が私を惑わせる。しかし、今日はお父さんだと自分に言いきかせる。亜美乃が私の腕をとって歩き出した。半袖のTシャツなので直に亜美乃の柔らかい感触が伝わってきた。少し、男が反応する。
「いつ、思いついたんだい」
「もう何十年も前かもしれない」
「前世かい」
「本当は夕べ。奥様を傷つけずに会うために」
「この前、家に行こうと思ったのは」
「その日」
「何だか、神様に動かされているようだね」
「そうかも知れない、しかし明日からどうなるか、神様は教えてくれない」
「亜美乃は優しいんだ」
「解らない。衝動というか、身体の奥底から命令されているような気がする」
「……」
私は通り過ぎる人々を眺めながら、静かな場所をと思いを巡らす。
「だんだんと暑くなると思いは強くなるの。今日みたいに」
亜美乃がちらっと私を見上げる。黒目が大きくなっていて、潤んでいるように見えた。私はズキンと亜美乃に女と危険とを感じる。足は西口公園に向かっている。