あみのドミノ
「お父さん役でいい」私は哀れさを装ってポツリと言う。
「今度電話するね」と亜美乃は電話を切った。私は小さい頃、気がついたら友達が誰もいなくてぽつんと取り残された夏休みのことを思い出した。亜美乃とはもう会わない方がいいのだろうかと思ってはみたものの、亜美乃がいない毎日を思うと色あせて見えた。
梅雨の最中、身体中にカビが生えたような気分だった。その後何度も亜美乃の勤める会社に電話しそうになり、やめた。「今度電話するね」亜美乃の声が頭に残っている。今度はいつだろう。あれは社交辞令というやつかもしれない。色々な考えが頭をよぎる。
そんな梅雨の合間、輝くような晴天がおとずれた。家を出るときに私は今日は亜美乃から電話がかかってくるのではないかという予感がした。電車にのり、会社へ着く頃には、ほぼ確信めいた気持ちになっていた。
「お早うございます。あ、社長何かいいことありました」
それほど顔に出ていたのだろうか。社員にもわかったらしい。私は「まあね」と答えて仕事を始めた。
私の予感は的中し、昼休みに食事をし終わった時間に亜美乃から電話がかかってきた。
「今度の日曜は何の日か知ってる」
私は亜美乃の問いに答えることができなかった。
「あとで奥様に電話してみてね。驚くよきっと。ふふふ」
どういうことだろう。まさか、全て妻に話してしまったのだろうか。まさか、私達夫婦仲を裂こうとして、と一瞬思ったが、いや亜美乃はそんなことをする筈がないと否定する。
「どういうことだい」私は平静を装って亜美乃に尋ねる。心臓の鼓動が早くなっているのが解った。
「絶対だよ。じゃあまたね」
笑いを含んだ声で亜美乃は電話を切った。私は受話器を握ったままで頭の中を整理する。