あみのドミノ
9、ドミノは止まったが
日課のように社員達が帰ったあと、私は電話を待っている。
電話が鳴った。
「ああ、お父さん?」
亜美乃から? ちょっと声が違う気がしたが、風邪でもひいているのだろうか。
「亜美乃?」私はそう聞いた。
「お父さん!」叱責するような声が聞こえてきた。
「アミノって誰? お父さん。あの女アミノっていうの」
私は呆然として娘の声を聞いている。真奈美だった。会社に電話してくることなど全然無かったのに。私は少しずつことの重大さに気づきはじめた。
「私、見たんだから、新宿で。腕組んで歩いていたじゃない」
真奈美は怒ったように、いや、怒りながら喋っている。私はただ黙って聞いているしかない。どこまで知っているのだろう。ただ歩いているのを見られただけだろうか。私は少しずつ中年のずるさを露呈する。
「真奈美、あれは社員だよ。ちょっと酔っぱらって腕につかまられたんだよ」
「それにしちゃ、慣れた風だったよ。それに私のこと間違ってアミノって言ったじゃない。社員をアミノなんてよぶの」
真奈美は騙されなかった。それにしても名前を呼んでしまったのは失敗だった。私は自分を責める。
「お母さんは、ちょっとぼーっとしているから多分気づいてないと思うけど、だから会社に電話したんだよ。もうやめなよ。いい!」
まるで母親に説教されている子供だ。私は自分を嗤うしかない。
「お母さんには黙っているから。ほんとにもう、男って」
真奈美はまだ怒っている。あれはその父親代わりだなんて実の娘に言えないし、私は、娘の最後の言葉が気になって「聡君が何かしたのか」と、娘婿のことを聞いた。
「まさか、お父さんじゃあるまいし、ただTVに出てるアイドルをニヤニヤしながら見てるだけよ」と真奈美はぶっきらぼうに応える。
「じゃあね。今度行くから」