あみのドミノ
「まだ、若い」と自分に言いきかせ、無理にキビキビと動作して社内の戸締まりをする。外に出るとまだ明るい。昼にみた薄雲がどこかへ行って青空がだんだん夕焼けの色に変わろうとしていた。私は詩人になったような気がして空を見上げた。これはやはり恋だろうかと思った。
新宿東口を出て、辺りを見わたしながら、待ち合わせの定番になっているビルの前に向かう。亜美乃ならパッとみて解るだろうと思っていたが、さすがにそうもいかなかった。
人、人、人。亜美乃は背が低い。でも、亜美乃から私は見えている筈だった。180?は人々の平均より頭が出ている筈だ。
しばらく歩いて、誰かに手を引かれた。Tシャツにジーンズの少女? 一瞬の間があってそれが亜美乃だと解った。
「ええっ、解らなかった」私は亜美乃の顔から順に視線を下げていく。オレンジ色のTシャツ、微かな胸の膨らみ、細いウェスト、少しだぶついたジーンズ。初めてみるファッションだった。
「お父さん、すぐ見つけられる筈じゃなかった?」
悪戯っぽく亜美乃が笑う。私はまだ歩き出そうともしないで亜美乃を見とれてしまった。
「あまり、こういう恰好はしないんだけど」と亜美乃は少し照れたような顔をした。私はその表情が好きだ。いや、全てが好きなんじゃないかとも思う。
「ほら、お尻ばかり目立ってしまい、胸の貧弱さが目立つからね」
亜美乃は自分のお尻に目を向けながらそう言った。
「いいお尻だよ」と言って、私はいやらしい中年という感じのせりふだなと思い直し、もうちょっと胸が大きければねということは口に出さずに「いいバランスだよ」と言った。
私はあることが頭に浮かび、亜美乃に尋ねる。
「彼氏、鈴木って言ったっけ」
「あら、よく覚えていたね」
「そりゃあ、ライバル、じゃないか、娘の彼氏だもの。その子もTシャツにジーンズ?」
「あ、そうだね。たいてい。Tシャツの上にシャツを着たり。どうして解ったの」
「いや、何となく」