あみのドミノ
亜美乃のその相手が近くにいるのだろう。すこしぼかした話しかたになっている。私は追い打ちをかけるように「ふーん、男らしいやつなんだ」と聞いてみた。
「そうでもない」
亜美乃はまだ相手にのぼせる程にはなっていないなと感じた。少しだけ嬉しくてさらに「やさしくて、頼りになるとか」と言ってみた。完全にライバル意識だ。私は自分で気づいて苦笑する。
「まあ、やさしいというか、頼りないというか」
私は亜美乃のことばに気を良くして「そうなんだ。今度、お父さんにそのことを聞かせてよ」と言った。
「あ、はい、そうします」と亜美乃がかしこまった感じの応対になったので、私は「じゃあ、近いうちに」と言って電話を切った。
「よし」と心の中で言って周りを見た。社員も帰ってきている。社員には完全に娘との会話に聞こえているはずだ。
数日経って亜美乃から電話があった。
「あ、お父さん、今日空いてる?」
空いてるも何も、亜美乃のためにいつも空けてあるよと思いながら、「えーと、うん大丈夫。どこにする?」と応える。
「新宿がいいな。どこにしようか」
私は紀伊国屋書店を思い浮かべたが、つい最近妻幸子と待ち合わせたことを思い出した。別にこだわることも無いのだが、そこは妻のためにという考えが浮かんだ。
「そうだなあ、東口のほら、ちょっと前までヒッピーがうろうろしていた広場」
「えっ、人がいっぱいだよ。見つけられる?」
「大丈夫、亜美乃は目立つからすぐ解るよ」
「あ、そうだね。ふふふ」
「知らない男に声かけられてもついて行っちゃだめだよ」
「はーい、お父さん」
亜美乃はふざけているのか真面目なのか解らない声で言った。私は電話を切って洗面所に行った。鏡に映った自分の顔がニヤついているのが解った。顔を洗っていくらか引き締まった顔を見る。鬢に少し白いものが見えた。私は自分の歳と亜美乃の歳を思い出した。倍以上ある。娘より年下だ。盛り上がった気持ちが少し覚めてしまった。