あみのドミノ
私は動揺している。解っていたはずなのに、嫉妬心が湧いている。自分の立場は何だ、冷静になれよという自分もいる。父親に報告のつもりか、それとも私の反応を楽しんでいるのだろうか。この前キス指南したことを思い出して、私は少し優位に立ったような気もしてきた。私はまた、余裕のある中年を演じる。
「好きなのかその男」
ちょっと野暮な質問だったかなと反省しつつ亜美乃を見る。
「多分、でもそれ以上いかないつもり」と亜美乃は真面目な顔になって言った。亜美乃が真剣な表情になると少し暗い感じになる。弾けるような笑顔との落差が大きい。その表情が憂いという感じになれば申し分ないのになあと自分勝手な思いが頭をかすめる。さっきまでの初恋の気分がどこかに行ってしまった。私は急にサディスチックな思いにかられた。
頭の中で亜美乃を身動き出来ないほど抱きしめて、情熱的なキスをする。 しかし現実の私は傘を受取り、亜美乃と並んで歩き出す。しばらく言葉が出てこなかった。
「怒ってるの」と亜美乃が言う。父親なら怒っていいのかも知れない。でも亜美乃は他人でもう二十歳を過ぎている。私は恋人と思っていても亜美乃は私を恋人とは思っていない。
「ごめんね」
しおらしく亜美乃が言うので、私は余裕のある中年を演じなくてはならない。
「お父さんは、娘がキスをした何て聞きたくないと思うよ」
私は一般論に置き換えてそう言った。すこしすねたような言い方になってしまった。それが亜美乃に余裕をもたせたのかも知れない。
「その話はやめようよ、もっとムードを出して雨のデートにしよう」
亜美乃は私の腕にすがって体を寄せてきた。私は単純に嬉しくなって歩き出した。頭のどこかに亜美乃になら振り回されたっていいやという感じが湧いてきている。かすかに危険信号がなっている気もした。