あみのドミノ
書店には懐かしい匂いがした。妻と出会った頃の気持ちが少しよみがえってきた。あの頃何を買ったかを思い出しながらゆっくり見て回った。筒井康隆、小松左京、SF系の作家の作品を多く読んでいた。レコード屋にも二人で行った。そうレコードだ。CDなんか無かった。また魂が遠距離を往復してめまいのような感じになった。
背中をつつかれて振り向くと、少し若返ったかなと思われる幸子が微笑んでいる。
「おぉっ」と私が言うと、少し恥ずかしそうに幸子が「少し化粧をしてみたの」と言った。あまり私が化粧の匂いが好きではないということと、さらっとした顔で化粧をする必要もないせいか幸子は普段ほとんど化粧をしていない。
「若く見えたよ」と言うと幸子は嬉しそうに私の腕にすがる。
「さあ、何を食べに行こうか」
「何でもいい」
「何でもいいって、食べたいものないの」
「自分で作らなくていいで、何でもいいって思っちゃうの」
「そう、いつも作っていただいてすみませんね」
私は感謝とも皮肉ともとれる言葉を言ってしまったが、幸子は気にする風もなく、まるで新婚の時のように私に寄り添っている。私は亜美乃との違いを探してみる。(背中だ)と思った。長年重い何かを背負い続けててきたか、あるいはうつむく度に背中に老いが蓄積するのかもしれない。
「天ぷらにしようか」
「うん」