あみのドミノ
「お父さんはね。亜美乃と一緒に逢っているだけでいいよ」
私の口から出たことばはこうだった。亜美乃は「そう、私もよ」と言って私の腕にすがった。私は実の娘と手を組んで歩いたことは無いなあと思いながら、また思春期を過ぎた父娘が腕を組んで歩くのも変かと思ったら可笑しくなって笑いが出た。
「何、何笑ってんの」
亜美乃が不思議そうに私を見上げている。私は「嬉しいから」と言った。亜美乃は何だという顔をして、通り過ぎる街を見ている。
「ね、あそこに入ってみよう」
その店先にはウサギやらクマのぬいぐるみが飾ってあった。中に入ると亜美乃は次々と手に取り、胸に抱きしめてみたり、値段を確かめたりしている。私はもう何十年も昔に娘に買ってあげたウサギの縫いぐるみを思い出した。いやあれは妻が欲しがって買ったのかも知れないなあと思い直す。
やがて亜美乃は小さなネコの縫いぐるみを手にとって、買おうかどうか考えているようだった。「何だったら買ってあげるよ」と言うと、「ほんと! じゃあこれ」と素直に差し出された。それは小学生でも買えるのではないかというぐらい安いもので、私は思わず亜美乃の顔を見る。「それでいいの」と亜美乃は笑顔で言う。
私のほうが戸惑ってしまって、「いいんだよ、もっと高いものでも」と言うと、亜美乃はちょっと真剣そうに左右に数度顔を振った。
小さな袋に入った縫いぐるみを渡すと亜美乃はそれこそ小学生みたいな表情で嬉しそうに受け取った。
「ありがとう」
亜美乃はそれを小さなハンドバッグに入れた。本当に疑似父娘なんだ。だから、愛人のように高級なハンドバッグとか指輪はねだらない。私はほのぼのとしたような気分と物足りないような気分が混じったような気持ちになった。別に肉体関係を望んでいるわけではないんだからと私は思い直し、亜美乃を見る。以前会った時はタイトなワンピースだったが今日はフレアースカートで少女っぽい。風が亜美乃のスカートの裾を少し巻き上げた。ちょっと片手でそれを押さえる。何でもないしぐさが新鮮に映る。そしてまだ数度しか会っていないのに、もう何年もそうしてきたようにさり気なく、腕にすがっている。私はまた時間感覚が狂ったようなめまいに似た感じに襲われた。