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修学旅行

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はじめての渋谷109



 渋谷といえば、ハチ公。モヤイ。
 はたまた……

   『まるきゅうへいく』

 中学二年生、初夏。修学旅行の自由行動日、真っ先に向かったのがこのマルキューだった。しおりの計画表には「まるきゅうへいく」という私の下手な字が躍っていた。高鳴る若い胸もまた然り。
 だが、いざホンモノのマルキューさんを目の前にすると、田舎娘たちの脚はすくんで一歩も踏み出すことはできなかった。
 「どっから入るのかな」「あそこだよあそこ」「でもなんか、うちらが入ったら迷惑かもしれんな」「一見さん専用口みたいなのないん」「なにそれ」「ぜったいあるよ、ここ東京だもん」「東京に無いものは無いってうちの母さん言っとった」「ばか、もう、早く入ろう」「ん、じゃあ先行ってくれ」「みんなで行こうよ」「うん」「手、繋ぐか」「やだ」
 それからしばらく、私たちはただ押し黙って、その巨大なビルを見上げていたのだった。


 あれから時は過ぎ、私は今東京の大学に通っている。渋谷は定期が通っているお陰で、今では庭のようなものとなっていた。
 待ち合わせはハチ公。時にはモヤイも。ただモヤイ前はホームレスがいることが多いのであまり行きたくないのが本音。
 カラオケでオールをした。
 スペイン坂で下着を買った。
 カフェでコーヒーを飲んだ。
 センター街でナンパもされた。

 ただひとつできていないこと。

 「まるきゅうへいく」

 欲しいものがあるわけではない。
興味があるわけでもない。
 だけど、今も変わらずこの街のシンボルとして鎮座し続ける姿を見上げる度、いつも私は思う。
 まだ続いている。
 いい加減行ってやらないと、一生終わらない気がして。

 その日の夕方、実家から制服が送られてきたものだから。

作品名:修学旅行 作家名:o.chi