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修学旅行

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はじめての浅草寺



 浴衣の似合う街でした。

   『ぜんぶセピアいろ』

 中学三年生、初夏。やっとたどり着いた東京の空は、とてもとても小さく、ビルのすき間で押しへし合いながら私を見下ろしていた。
 東京へ来たら必ず行かなければならないと心に決めていた場所が、私にはあった。
 天麩羅はどんぶりからはみ出し、喫茶店ではクリームソーダの泡が弾ける。食い入るように見つめた雑誌の写真。今目の前に広がる世界のどこかにあると思うと、私の心臓は大きく跳ねた。
 一言で言うならば憧れ。
 憧れと言う名の、一目惚れだった。
 薄紫色の浴衣がふわりと揺れる。すれ違う夕顔の香り。ころん、と鳴る下駄の音。
 新鮮で懐かしさに溢れた街。どうしてだろう、眼に映る全てのものがセピア色だ。
 大きな提灯に「雷門」の二文字が踊る。私は胸元の赤いスカーフを翻し凛と背筋を伸ばした。


 あれから時は過ぎ、私は今東京の大学に通っている。
 初夏、むせ返るほどの蒸し暑さが世界を包み込んでいる。
 『そうね、今年は花火大会にでも行こうかしら。』
 電車の中で耳にした見知らぬ婦人の野望に、そういえば最近は浴衣なんかをめっきり着なくなった、と便乗してみる。
 その時、私の中で何かがぱちんと弾けた気がした。それはいつかのクリームソーダの泡に良く似ていて。華やかで懐かしくて、懐かしくて恋しかった。
 気がつくと私は、暇な日は無いかと手帳を見つめていた。薄紫の浴衣。からんころんと心地好い響き。爽やかに香る夕陽。私の心を掴んで離さないあの夏の日の記憶。
 全てがセピア色のあの世界で見つけたとっておきの一目惚れ。揺れる手帳。よぎる想い。

 まだ続いているのかもしれない。

 その日の夕方、実家から制服が送られてきたものだから。

作品名:修学旅行 作家名:o.chi