しあわせの音
半月後、駅前の雑踏で香奈の車がパンクしてしまった。偶然そこを通りかかったのが船越である。神の存在を、そのときの彼は感じた。香奈をコーヒーショップで待たせ、夥しい通行人の好奇のまなざしの中で、彼は手早くタイヤ交換をしてあげた。
「お礼をしてもらいたいな。それが礼儀でしょう」
「幾らですか?」
「デートに付き合ってくれればいいよ」
「じゃあ、明後日はお互いに公休日ですよね。明日の夜、飲みに行きましょう」
翌日の晩から、ふたりは恋仲になった。
翌週のことだった。ショッキングな事実を、それまで有頂天だった船越は別れ際に知ることになった。香奈は子供を出産していたのだった。
船越は悩んだ。だが、香奈は素晴らしく魅力的な女性だった。子供がいても構わないと思った。船越は求婚することを決意し、レストランでプロポーズのことばを口にした。しかし、香奈は即答を避けた。
帰宅後、香奈から着信した。
「船越さんが本当にわたしと結婚してくれたら嬉しいけど、でも、子持ちだから無理でしょうね」