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夜明けの呼び鈴

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それから、窓際に置いてあったいすをベッドの横まで引っ張ってきて、そこに腰をかけた。おじいちゃんは相変わらず、どこかを眺めている。
「ねえ、おじいちゃん。私、わかる?」
私はおじいちゃんの耳元で話しかけてみた。
「ええっ?」
おじいちゃんは私を振り向いた。
「すみません、もう頭がぼーっとして、なんだかよくわからないんです。」
おじいちゃんはどこかを眺めたまま、そう言うとまた視線を遠くに泳がせた。ふにゃふにゃした、聞き取りづらいしゃべり方だった。
もう、私がわからなくなっちゃったんだ、この前のお正月には、普通に話をしたのに。
「おじいちゃん、わたしよ、香織よ。具合はどう?」
私はもう一度話しかけてみた。すると、おじいちゃんは突然首を捻って私の顔を見つめた。
「孝之も祐二も妄想だって笑うけど、本当なんだ。」
おじいちゃんが真剣に言う。
「なんのこと?お父さんや伯父さんがなにを笑うの?」
「佳代子が死んだ日の明け方、誰かが呼び鈴を押したんだ。こんな時間に誰だろうって思って、ドアを開けたけど誰もいない。布団に戻って寝ようとしたら、また誰か呼び鈴を押すんだ。それで、またドアを開けたけど、誰もいない。俺は、こりゃ佳代子に何かあったんじゃないかと、寝られなくなったんだ。」
佳代子と言うのは、10年ほど前に亡くなったおじいちゃんの3つ年下の奥さん、つまり私のおばあちゃんのことだ。くも膜下出血で倒れ、病院に搬送されてから、およそ一ヶ月後に亡くなった。
おじいちゃんの話は続く。
「そしたら、昼過ぎに孝之から電話があって、佳代子が危ないから病院に来いって言うじゃないか。」
思い出した。この話はお父さんから聞いたことがあった。
「あれは、佳代子が家に帰ってきたんだ。間違いない。」
おじいちゃんは、相変わらずふにゃふにゃしたしゃべり方でそう言うと、また天井を向いてしまった。長く話したせいか、呼吸が荒くなっている。
おばあちゃんが亡くなった頃、おじいちゃんがひどく気落ちして、いろいろな妄想や幻覚をみるようになったって、お父さんが言っていた。これも、その妄想の一つだって。
やっぱり、おじいちゃんは私が誰だかわかっていない。私は少し悲しくなった。
まともに話すことができない老人の側にいても、これ以上やることはない。私はもう家に帰ることに決めて、いすから立ち上がった。
黙って部屋から出ると、目の前のナースステーションで、パソコンに向かっていた先ほどの若い女性看護師と目があったので、立ち止まった。
「孫の香織です。おじいちゃんのこと、よろしくお願いします。」
私はそう言って頭を下げた。看護師もわずかに微笑んで、軽く会釈した。
私はエレベータに向かって歩きながら、おじいちゃんの病室がナースステーションの目の前なのは、偶然ではないことを理解していた。

作品名:夜明けの呼び鈴 作家名:sirius2014