拾った人形(9/4編集)
「どうだ、お前ら。さっき俺が見たのは幻覚じゃないって分かっただろう? いいか、そこんとこをよく覚えておけよ」
孫四郎を見つけた時の運転手のオネエサンの顔は、そりゃあ凄かった。あんな顔を出来るのはおそらく、今世紀最高のマジックショーを見せつけられた観客ぐらいだろう。
「まぁ無理もないっちゃ無理もないか。女が飛び出して来たかと思えば転がってるのはどう見ても男で、しかも轢く寸前だったんだからな。そりゃ驚くだろ」
運転手はすぐに駆け寄って来た。……実は既に轢いたあとだと勘違いして、そのまま逃げを打つんじゃないのかと少しだけ疑ったが、それは杞憂に終わった。
孫四郎は差し出された手を有り難く借りて躰を起こした。どれだけ引っ張ろうとビクともしなかった足も、すんなりと抜けた。
「不思議なもんだ、運転手も俺もまだ自転車には触れていなかったのに。けどまぁ、さっきはかなり焦ってたわけだし、冷静になればそんなもんなのかもな」
それから孫四郎はなぜか車の前に落ちていた人形を回収して、痛む躰を引きずりながら運転手と一緒に飛び出して来た少女を探した。
思いつくところは全て見て回った。車の前方から側面から車体の下から……タイヤの下まで。だけど、どこにも居ない。ここまで探しても居ないというのは、さすがにおかしい。ひょっとしたら何か見落としていることがあるのかもしれない。
そこで孫四郎は改めて運転手に訊ねたんだ。
「その少女はどんな感じだったんですか」
「……黒髪の巻き毛ボブで、」
運転手は青い顔で、起こした自転車のカゴに入れておいた彼女を指差して言った。
「そこの人形と、良く似た格好の娘さんだったよ」
作品名:拾った人形(9/4編集) 作家名:狂言巡