アイラブ桐生・第2部 第3章 26~27
足元からは、サトウキビ畑がなだらかに下りはじめます。
見渡す限りに延々と下り続けて、南に見える海岸に届いています。
しかし、優子の言う射爆のための練習施設は、どこにも見えません。
優子が、大きなつばのついた麦わら帽子を取り出しました。
決意を込めたような表情で、しっかりとヒモをを結んで、
自分の頭へかぶります。
また無言のまま、サトウキビ畑へ分け入って行きます。
日差しをいっぱいに受けて、
大きく育ったサトウキビは、肌に触れるたびにチクチクと刺します。
それらのサトウキビの葉っぱをかきわけながらまた、
5分ほど南に進みました。
幹が林立をしているそのかすかな隙間から、真っ赤な赤い丸が描かれた
巨大なコンクリートのブロックが見えてきました。
その手前には、サトウキビと同じ背丈を持つ鉄条網も現れました。
突然現れた鉄条網はサトウキビ畑の真ん中を、
ただ仕切っただけの状態で、それがどこまでも、
果てしなく続いて居るようにも見えました。
「群馬。ここから先が、本当に命の保証はしませんという、
射爆場の敷き地内なのよ。
どうする、私は行くけど・・
いやなら、ここで観ていてもかまわないさ」
見ると鉄条網は、ところどころで
引きはがされたように破られています。
その大きさは、人はおろか、
車までが容易に入れるほどの大きさになっていました。
驚いて足元にに眼を落すと、しっかりとした車輪の跡までが
くっきりと残されています。
「この先が、危険きわまりない射爆場だというのに、
こうして、自由に、人や車の出入りが許されているいるわけ?」
「好き勝手に、
私たちの土地を取り上げて、
自由にしているのは米軍たちのほうさ。
ここは先祖伝来の、伊江島の百姓たちの土地だもの。
あいつらが鉄砲で取りあげて、
勝手に、射爆場として訓練を続けているんだよ。
おとうの土地もこの先にある。
昨夜のおじいの土地だって、まだこの先にあるわ。」
「しかし、あまりにも危険だろう・・」
「だから、私たちは、命をかけて守っているの。
アメリカの連中だって、遊びで訓練しているわけじゃぁないんだよ。
あいつらもまた、ここで必死に訓練をして、明日には
ベトナムへ爆撃に飛んで行くんだ。
わかる、群馬? まだ戦争はつづいているんだよ、
此処では、まだ毎日が戦争なんだ。
私が生まれる前から、戦争は続いているんだよ。
沖縄に施政権が返還をされても、沖縄に基地があるかぎり、
伊江島に射爆場が有る限り、この地上では戦争が続いているんだよ・
私のこの足元に有る、この土地の上で、
いまでも戦争は繰り返されているのさ。
群馬。この海と空はベトナムへつづいているんだよ」
鉄条網を抜けてなおも少しだけ歩くと、やがて草むらに出ました。
なぎ倒されたサトウキビ畑の真ん中に、
2階建てのビルほどもありそうな巨大な
コンクリートの塊が、一面に転がっています。
これが、優子の言う射爆場・・・・
帽子のひさしを少し上にあげてから、
優子が、サトウキビが横たわっている草のむらに腰を下ろしました。
刈り込まれたとばかり思っていたのは、
実はすべてが倒されたサトウキビです。
コンクリートの標的のかたわらには、赤茶色に焦げついた地面が
ごつごつとしたまま、剥き出しに見えています。
遠くに聞こえていた爆音が一気に近づいてきました。
しかし私には爆音だけで、戦闘機の機影を探すことはできません。
「あっちだよ。」
優子が、西の空を見上げながら指をさしました。
急角度すぎて、首が痛くなるような、はるか西方の高い空の上です。
やっと米粒のような、小さな点が現われました。
急降下をしながらこちらのほうへ、戦闘機が機首を旋回させています。
そのまま速度を落とさずに、こちらへと向かってきました・・・・
作品名:アイラブ桐生・第2部 第3章 26~27 作家名:落合順平