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アイラブ桐生・第2部 第3章 26~27

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 幼い時から優子は、
おばぁと二人だけで暮らしてきました。
母と会えるのも、1年に数回だけに限られています。


 ここまで一緒に旅をしてきたというのに、この子、(優子は)
そんな自分の生い立ちなどは、只の一度も口にしませんでした。
青い海に囲まれて、青い空に抱かれて幸せに暮らしてきた・・・・
そんな私の自分勝手な思い込みは、伊江島へ上陸をして
30分もたたないうちに、
ものの見事に打ち砕かれてしまいました。


 そうだ、ここは米軍の基地の重みで沈みかけている島なんだ・・・・
初めて内地と異なる、独特の沖縄の空気に初めて触れた瞬間です。
そしてまたそれと同時に、あまりにも壮絶すぎる、
初めて知った、悲痛な優子の生い立ちでした。




 伊江島は東シナ海に浮かぶ、
周囲22キロ余りの東西方向に細長い小島です。
高低差の少ない伊江島の目印のように、島の中央から東に
少しずれたところに、高さ172mで、唐突にそびえている
岩山があります。
これがタッチューとも呼ばれる、景勝地の城山(グスクヤマ)です。
急な階段をゆっくり登っていくと、15分ほどで
山頂に着きました。



 頂上からは見ると遮蔽物が、なにひとつありません。、
ほんとにぐるりの360度、伊江島のすべてを見渡すことができました。
優子が西の草原を指さします。


 「群馬。
 向こうにあるのがサトウキビ畑の真ん中にある、米軍の射爆場。
 今日は飛んでいないけど、ほとんど毎日のように、戦闘機が飛んでくる。
 あそこは、毎日が実弾射撃の練習場なの。
 私のおとうは・・・・
 あそこのサトウキビの畑の真ん中で、流れ弾に当たって命を失った。
 先祖伝来の土地の上で、仕事をしながら死んだのよ・・
 何んにも悪いことなんかはしていないのに、
 たまたま流れ弾に当たって、死んじゃった」


 東シナ海に浮かぶ伊江島は、
島の西北部のほとんどが、米軍基地と軍事演習用地になりました。
もともとあった日本軍の基地を接収以降に、
その支配の範囲は年とともに広がりました。
増え続けた支配面積は、いまでは実に島の50%ちかくを占めています。



 「基地反対闘争の運動の中で
 すこしずつだけど、強制収容された土地も帰ってきた。
 でもねぇ、まだ、4割近くが奪われたままなんだよ、群馬。
 おとうの土地も、あの射爆上のすぐ近所にあるの。
 先祖伝来の土地だもの、誰もサトウキビ畑から、
 離れることなんてできないわ。
 ねぇ、群馬、
 なんでだろう・・・・なんで沖縄だけがこんな目にあうのさ。
 なんで伊江島にだけ、殺人のための練習場があるのさ。
 なんで、おとうがサトウキビの畑で死ななければならなかったのさ・・・
 悔しいよね。
 悔しいよ、私たちの大切な伊江島が、
 こんな島にされちゃってさ・・」


 優子が手の甲で、そっと目がしらをぬぐいます。


 「わたしにもっと才能があれば、
 この伊江島の現実を、しっかりと社会に届けられるのに。
 伊江島の辛すぎる現実を、世間に知ってもらえるというのに。
 まだまだ、全然ダメなんさ。
 絶対それを描いて見せるって、
 私はおとうに約束して島を出たというのに、
 気持ちだけでは、画は描けないよ。
 努力はいっぱいしているつもりなのに・・・・
 まだまだ優子の絵は、全然だめなんだ。私は、
 それだけが悔しい」


 優子の言葉を聞いているうちに、背筋を電流が走りました。
画にひたすらうちこんでいる優子の原点は、
ここから生まれていたのです。
いつも笑顔を絶やさない優子は、実はこれほどまでに
ほとばしり続けている激しい気持ちを、
いつもひた隠しにしたままでした。
必死に自分の才能を信じて、絵を描こうとしているのです。
この伊江島に来るまでは、まったく気がつかなかった優子の素顔です。


 泣いている場合じゃないよ、ね・・・・
振り返った優子が、照れくさそうに両目をこすってから
口元をそっとおさえました。



 「ここへ戻ってきたと思ったら、また、泣いちゃった。
 絶対に泣かないつもりでいたのに、また泣けちゃった・・・
 ここは、おとうの思い出の場所なんさ。
 いつも私を肩車してくれて、はるかな海の向こうには、
 まったく別の世界があることを、私に教えてくれた場所なんだ。
 戦争ばかりの島だけど、ちゃんと平和な町も有る。
 希望だけは失わないようにして生きていくんだぞ、と、
 おとうが教えてくれたんだ。
 私が生まれたあの時と、まったく同じ海なのに、
 まったく同じに見える島なのに、
 今、此処に居ないのは、私が大好きだったおとうと、
 離れて暮らしているおかあだけだ・・」



 帰ろう群馬、と、ぽつりと言い、
優子がくるりと背中を向けて、山を降り始めました。