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運命の彼方

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 幸樹の愛を得られないと分かった舞は、慎一や、その両親の誠意ある言葉に押し切られて結婚を承諾した。              
 その時、慎一は舞に、病院を辞めて結婚の準備をするようにと言った。
 だが、舞は断った。
 理由は、給料が無くなると、少ない年金で暮らす養父母にお金を渡せなくなるからだ。 舞が養父母に出来る恩返しは、養父母にお金を上げること以外にない。そのためには、例え、結婚しても勤務する心算で居た。
 慎一は、お金のことなら心配するなと言ってくれたが、舞は断った。そして、その時に思った。
 (結婚したら、二度とお兄さんに逢えなくなるから悲しい)          
 だが、よく考えてみれば、幸せなら絶対にくるなと言った幸樹の言葉は間違っている。 幸せなら、幸樹に迷惑がかからないのだから、逢いに行けるんだと。
 (そうよ、慎一さんとの間に生まれた赤ちゃんを連れて行けば、お兄さんの心配がなくなるから、絶対に喜んでくれるわ」
 そこで、約束の日に鷺草の海へ行ったとき、幸樹が舞を一目で、鷺草の少女だと分かるように、最初に逢ったときの服と同じ服を作ることにした。
 (お兄さんと逢える理由ができたわ)
 その翌日、電車の中で舞は幸樹を見たが、また、無視された。
 (いくら無視されてもいいわ。だって、逢えるんだもの)              「みさき公園駅、みさき公園です、… …」
 車内放送が聞こえてきた。
 やがて、電車が停まると、幸樹が電車を降りる、その後姿を舞は、食い入るように見つめていたが、幸樹への慕情が沸き上がってきた。               
 舞は幸樹の後を追い掛けようとした。追い掛けたら、もはや、心の制御が効かなくなることを舞は知っていた。そして、その行為が幸樹を困らせることになるのだ。
 (私は、お兄さんに恋してはいけない)                      嵐のような海で見た幸樹の姿を思い出した舞は、また、涙を流す。    
 (私は名乗って、色々話したい。でも、そうすれば、お兄さんは、きっと、こう言うでしょう。もう、君と逢いたくないと)                    
 最後通告を受けると思うと、舞は悲しみに耐えるしかなかった。
 見送る幸樹の姿が、霞んだように見えない。涙のせいたど思い、涙を拭いたが、霞は取れない。何度も拭いたいると取れた。              
 舞は、悲しみの涙が見えなくさせていると思っていた。しかし、慎一との結婚、幸樹との再会の喜びを一気に破壊するほどの不幸が舞に忍び寄っていたのだ。
 やがて、電車は和歌山市に向かって疾走する。
 幸樹のことを考える舞には、時間や距離の感覚がなく、気付いた時には、早、病院前に着いていた。
 「和泉くん、おはよう」
 振り向くと、病院に勤務する池上一夫が居た。この男は舞に恋し、何時も、舞の行動を見ていた。
 「お早ようございます」
 舞は、差し障りがないよに挨拶した。
 「先日、電車の中で転倒しそうになって恐かったでしょう」
 「あら、見ていたんですか」
 舞が恥ずかしそうに言った。
 「僕は、男性が飛び乗ってきた時、すぐ、危険を感じたけど、助けに行く時間が無くて残念だった。でも、優しい男性が居たんで怪我をせず、良かったね」
 池上は、舞が慎一と婚約、そして、結婚すると知ってからは、舞への思いを露骨に表すことをしなくなった。
 「ええ、良かったわ」
 と言いながら、自分が幸樹に抱いている感情を察知されたら、慎一に告げられ、無駄な争いが生じるのではないかと思った。     
 そこで、電車の中では極力、幸樹に対する思いを表さないように心がけることにした。

消えた夢

 翌年の二月の寒い日。
 舞は、自分に不幸が忍び寄っているともしらず、電車に乗った。その舞を無視するかのように幸樹は目を閉じていた。        
 しかし、その顔を見ていると、また、目が霞んで幸樹の顔が見えなくなった。舞は、幸樹が何処かえ行ってしまったように思え、急いで、目を大きく開いたが何も見えない。
 また、涙のせいだと思った舞は、目を拭いたが見えないため、目をを閉じ、原因を考えていると、ふと、以前に読んだ本を思い出した。                   人間は、堪えられないほどの悲しみや苦しみに遇うと、急に、目が見えなくなることがあると。そこで、舞は、悲しみや苦しみだけでなく、精神的に動揺する期間が長くても、目が見えなくなるのではないかと考え、目を休めることにした。
 やがて、みさき公園駅に着いた。舞は恐る恐る目を開けた、その目に幸樹の姿が写ったので、目が疲れているのだと思い安心し、幸樹を見送った。
 その日、勤務を終えた舞は、紀ノ川駅で、和歌山市行きの電車を待っていると、同僚の木村美鈴が声をかけてきた。                       
 「もう帰ったのかと思ったわ」
 「ええ、乗り遅れたのよ」
 困った顔をすると。
 「残念だったわね」
 美鈴は同情した。       
 「仕方ないから、次の電車を待つわ」
 「次て、何分後?」
 「二十分後よ」
 「寒いのに、二十分も、待つの?」
 美鈴が寒そうに身体を縮める。
 「仕方ないわ」
 「そうだ、私と一緒に帰らない」
 「美鈴さんが乗る電車は各停でしょう」
 「そうよ、でも、次の各停は、泉佐野駅まで先着するのよ。だから、寒いブラットホームで待つ必要がないわよ」
 「そうなの、じゃあ、そうするわ」                   
 二人は、加太線のホームから南海本線の紀ノ川駅プラットホームへ移動した。
 美鈴の住まいは孝子駅の近くにある。孝子駅は紀ノ川駅とみさき公園駅の間にあり、各停の電車しか停まらない。
 舞と美鈴は、到着した難波行き各停に乗った。      
 美鈴の話は、全て、自分と恋人のことだった。舞は、その恋愛話を聞きいている間に、孝子駅に着いた。          
 「じゃあ、また明日。慎一さんとの甘い夢を見ながら、ゆっくり帰ってね」
 美鈴は言いながら下車し、暗やみの中へ消えていった。
 発車した電車は、数分後の午後六時すぎ、みさき公園駅に着いた。
 駅周辺は暗闇だが、駅のプラットホームは、スポットライトを浴びたように明るく照らされていた。
 舞は、幸樹の姿を求め、プラットホームを見渡していると、少し薄暗い物陰に一人の男が立っていた。目を懲らして見ると幸樹だった。
 (やっと、お兄さんを見付けたわ!)
 舞の喜びは言葉で表せないほどだった。なぜなら、この車両には病院関係者が一人も居ないため、誰の目を気にせず、幸樹の顔を見ていられるのだ。
 幸樹が、明るい所へ出てきて、舞を見た。
 (お兄さんが私に逢いにくる)
 幸樹が自分の所へ来ると早合点した舞が立ち上がろうとした。
 しかし、幸樹は乗って来なかった。
 (お兄さんは、次の急行電車を待っているんだわ)               
作品名:運命の彼方 作家名:さいし