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運命の彼方

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 (お兄さんは、少女の私だけでなく、今の私も愛していてくれた。私も愛しています) 舞は歓喜の声は上げたいほど幸せになった。

  
 (でも、その愛を私は受け入れられないわ、なぜなら、足手纏いになるだけでなく、嘘
をついているからよ)
 舞は、自分の不運を泣いた。
 四日後の木曜日、
 幸樹は、最後の勤めになるかも考え、岬総合病院へ行き、院長に、今回で応援を打ち切りたいと申し出た。すると、快く了承してくれた。
 仕事を終えた幸樹は、みさき公園駅のベンチに座った、その背に暑い西日が当たった。 (ここで、舞さんと別れた時も、今日のように西日が暑かった)
 あの日は、どの電車も日除けが下りていた。          
 (今日はどうかな?)
 駅に出入りする電車を見ると、全ての窓には日除けが下りていた。
 (やっぱり、下りている)
 あの日と同じだが、幸樹の心中は違っていた。
 (もし、あの日、舞さんが乗っていた電車に乗ったら、舞さんは、何と言っただろう) 幸樹は電車に乗らなかったことが残念で仕方がない。
 (そうだ、今日は舞さんが乗っていた各駅電車に乗って帰ろう)
 やがて、六時の時報が鳴り、しばらくすると、美しい音楽が流れ、あの日のように各駅電車が入ってきた。
 (当然だか今日も、あの日のように、日除けが下りている)
 懐かしそうに見つめる中、日除けを下ろした車両が通り過ぎる。
 幸樹は、当然のように後方の車両を見る。
 (おや?」
 幸樹の目が最後部の車両に釘づけになった。その車両の一ヶ所に黒い線が現われ、近付くに従い、黒い線は窓の形に変形し、やがて、日除けが下りていない窓が現われた。
 窓の中には舞が西日を受けながら、幸樹の方を見つめていた。
 幸樹は、一瞬、夢を見ているのかと思った。そして、あの日のように感動が沸き起こり歩くことが出来なくなった。
 夢でない証拠に、電車が停まると舞は席を立ち、プラットホームに降り、以前、幸樹がが立っていた方へ歩きだした。               
 (舞さんは僕に逢いに来たんだ。あの日の再現のために)
 「舞さん、僕なら此処にいる!」
 幸樹は、叫びながら駆け寄ると、舞の手を取った。
 「僕が誰か知っていたんだね」
 「はい、知っていました」
 舞の目から嬉し涙が溢れる。                           「なぜ、来たのかと聞いていいですか」
 「はい」
 幸樹は舞を思い切り抱き締めたかったが耐えて尋ねた。        
 「危険を犯して、僕に逢いに来たのですか?」
 「あなたの愛に応えるために来ました」
 舞が顔を真っ赤にして言った。
 「僕は幸せものです、ありがとう舞さん、でも、僕には命を賭けた約束があるんです。だから、舞さんを愛する資格がありません。約束を果たすためには如何なる犠牲も払っても後悔もしません。しかし、私がどれほど舞さんを愛しているかだけは、舞さんに知って欲しかったから、大好きだと言ったのです」
 と舞の手を強く握った。
 「先生が私を愛している以上に、私は先生を愛しています。だから、先生がしたいと思うなら、何でもしてください」
 「ありがとう。そうだ、僕が誰かを何時、知ったのですか」
 「大阪城公園へ行った時です」
 「声で分かったんですね。なるほど、確か、あなたが僕の膝の上に倒れてきた時、僕はマスクをして居ませんでした」
 「あの時、大丈夫ですかと声を掛けてくれました。あの優しい声を忘れる筈がありません」
 なぜなら、和泉葛城山と鷺草の海で聞いた声ですからと舞は言えることなら言いたかったが、それは死んでも言えない。
 「そうでしたか」
 「先生は、なぜ、私に教えてくれなかったんですか」
 「舞さんの不幸を見ると、何も言えませんでした」                 「もしかしたら、私の不幸を見て、同情心から愛してくれたの」
 「誤解しないでください。僕は舞さんと逢った時から愛していました。しかし、少女のことを考えると、舞さんを愛することが罪のように思えたのです」           「だから、私を無視し、私を悲しませたのね」
 「悪いことをした、謝るよ」
 「いいの、それより、先生が愛する人は、少女、それとも私」      
 「どちらも同じくらい愛しているけど、少女への愛は子供への愛、舞さんへの愛は、恋人への愛です」                             
 「嬉しい、でも」
 「じゃあ、少女との約束を守ってもいいんですね」       
 「先生のお心のままに」
 「何だが、投げ遣りのようにきこえるすけど」
 舞はつまらない事を言ったと後悔した。                    
 「先生が誰を愛していても、私は平気よ。だって、先生が好きなんですもの」
 「僕だって同じだよ。例え、舞さんに大切な人が居てもね」
 「あら、覚えていたの」
 舞は心の底から楽しそうに笑った。
 「愛する人が言った言葉だから、忘れる筈がないよ」             
 「でも、先生の心を傷付けるような人ではありませんわ」
 その時、電車が入ってきたので、幸樹と舞は電車に乗った。       
 幸樹は我が家に帰るなり、自分を責めた。
 「舞さんを死ぬほど愛している、と言わなかったらよかった!。それが、どれほど、舞さんを苦しめることになるとも考えずにだ」
 幸樹は頭を抱えて椅子に倒れこむように座った。
 舞の愛を得、その幸せに酔っていた幸樹だが、舞を家に送り届けた帰り道、舞を愛するあまりとはいえ、自分が死んだ時の舞の嘆きに気付かなかった愚かな自分を責められずにはいられなかった。
 (舞さんは、僕の愛を知らなかったら、僕が死んでも、それほど辛い思いをしないだろう。だが、今の舞さんなら、悲しみに堪えられず、僕の後を追うかもしれないのだ。しかし、もう遅い)
 幸樹に出来る唯一つの手段は、鷺草の少女の自殺を防ぐしかない。    
 しかし、あの少女が哀しげな顔をし、一緒に死んでと言われたら、絶対に断れないことも分かっていた。                     
 (許してくれ)    
 幸樹は舞に詫びた。  
 自分の勝手な考えから、舞を死なすかもしれないと思うと、幸樹は居ても立ってもいられなかった。
 舞に直接、詫びようと思った幸樹は舞の家に引き返して玄関に立った。
 すると、家の中から歌声が聞こえてきた。
 (あの歌声は)                           
 耳を傾ける幸樹に舞の楽しげな歌声が聞こえていた。
 (あの楽しい歌声は、僕が死んでも、大切な人がいるからだ。だから、僕が死んでも、舞さんは死なないことが分かった。安心して鷺草の海へ行ける)
 和泉舞へ愛は幸樹の命より大切である。同時に、鷺草の少女への愛と約束も幸樹の命よより大切なのだ。
 和泉舞を取るか、鷺草の少女を取るかなどと考えてはならないと幸樹は思った。
 (今日まで、サギソウの少女と交わした約束を果たすために生きてきたのだ。僕はその定めに従うしかない)
 幸樹は、運命を天に任せ、鷺草の海へ行くしかないのだ。
作品名:運命の彼方 作家名:さいし