運命の彼方
両親は?、と見る幸樹の目にカヤ草原の上空を飛ぶ模型飛行機が見えた。誰が操縦しているのか確かめると、少女の両親であった。
やがて、少女は両親の所に着いた。
緑の中に白い少女の姿、幸樹には、原野の隅でひっそりと可憐に咲く、一輪のサギソウの花のように見えた。 少女は母親からラジコンを受け取ると、さっそく操縦を始めた。しかし、上手に扱えないのか模型飛行機が乱高下する。見兼ねた父親が教える。やがて、模型飛行機が美しい円を描いて飛ぶようになった。
少女と親子は、模型飛行機を交替で操縦しながら楽しんでいた。
幸樹が模型飛行機飛ばしに熱中する少女親子の姿を見ていると、急に下方から騒々しい太鼓や人の声が聞こえてきた。
見ると、レストランの展望広場で素人演芸らしきものか始まった。それを何気なく見ていたが、また、少女のことが気になり、カヤ草原を見るといない。
慌てた幸樹は、前後左右を見渡していると、五本松へ通ずるハイキングコースを歩いて行く親子の姿があった。
やがて、少女と両親の姿が米粒ほど小さくなり山の向こうへ姿を消した。
大阪市のマンションへ帰ってきた幸樹は、早速、早苗に離婚を申し出ると、喜んで同意したので、幸樹は実家へ戻った。
幸樹の回想を破るかのように、下方の展望台広場から、賑やかな笛や太鼓の音と人の声が聞こえてきた。
幸樹が展望台広場を見ると、広場を多くの人が取り囲み、その中で数人が踊っていた。 (五年前にも同じようなことがあった。あの日と同じ時刻かもしれない。そうだ、同じ時刻なら、少女が来ているかもしれない)
幸樹は、慌てて自分の周囲、それから、展望台周辺、そして、カヤ草原を見たが、少女はいなかった。
現実は情け容赦なく幸樹に失望と哀しみを与える。
幸樹はふたたび、過去の中に身を置いた。
(そうだ、少女に出逢ったのは、最初に逢った日から十六日目だった)
幸輝は親戚の結婚式に出席するために、本州最南端の和歌山県串本町へ車で行き、即日結婚式に出席したが、帰りが夜道になるため、ホテルで一泊した。
翌日の朝、幸樹が大阪へ帰っていると急に睡魔に襲われので車を道端に停め、一眠りする場所を探していると、不意に美しい浜辺が浮かんだ。
(浜辺には大きな松の木があった。あの木の下で眠ろう)
幸樹は松林に囲まれた美しい浜辺に行った。
浜辺は白い砂が敷き詰められ、白い砂浜を外界から守るかのように、緑の松林が取り囲んでいた。
(誰も居ない) 白い砂浜を見ると、一週間も雨が降らなかったのに、人の足跡が一つもないのだ。
右側の岬を見ると、大きな松の木が葉を青々と茂らせていた。
(元気な姿を見て安心したよ。また、日陰で楽しい夢を見させてもらうからね)
幸樹は岬へ急ぐ、だが、砂に足を取られて早く歩けない。そこで、靴と靴下を脱ぎ、波打ち際を歩く。すると、透明の海水が幸樹の足に心地よく打ち寄せては返す。
岬に到着した幸樹は、大きな松の木の下に生えている柔らかい青草の上に寝転び、空を見上げると、空は碧く、小さな白い雲が一つ浮かんでいた。
白い雲を見た幸樹が思わず呟いた。
「あの雲はサギソウの少女だ」
幸樹の目には、和泉葛城山のカヤ草原の中に立つサギソウの花のような少女に見えた。 「君の父さんの雲と母さんの雲はどこに居るんだ」
白い雲を追い掛けているうちに、何時の間にか眠っていた。
幸樹の眠りを妨げたのは、砂を踏みしめる人の足音だった。
寝呆け眼で、足音がする方を見ると、陽炎がゆれるように、白い姿がこちらに向かってくる。幸樹は、目を擦ってよく見た。
「あっ」
思わず声を上げていた。
そして、呟いた。
「サギソウの少女が来る、これは夢の続きなんだ」
幸樹は、まだ、夢の続きだと思い目蓋を抓った。
「痛い、これは夢てない、確かに、サギソウの少女だ」
少女は幸輝が寝転んでいることに気づかずに通り過ぎていった。
幸輝は、少女の両親を探したが居ない。だが、子供は親の先へ先へと行きたがることに気づき、間もなく、両親が来るだろうと浜辺全体を見渡したがどこにも居なかった。
(そうだ、両親は陽光を避けるために、松林の中から、少女を見守っているんだ)
と判断した幸樹は、少女に目を移した。
少女は、岬先端の磯の上に立ち、海を見ていた。
(展望台で見た時と同じ白い服装だ。何を見ているんだろう)
幸樹は、父親になったような気分で、少女が何に興味を持ち、海の中を見ているのか確かめたくなり立ち上がった。
すると、少女は、両手を合わせて海に飛び込んだ。
「死ぬな!」
幸輝は、無我夢中で磯に駈け上がると海に飛びこんだ。
少女は助かる気がないのか、泳ごうともしないで海底へ沈む。幸樹は死なせてなるものかとばかり、少女を抱き締めて海面に上がってきた。
海から上がった幸樹は、少女を松の木陰に運び、若草の上に寝させ、海水を吐き出させると、少女の意識が戻ったのか、目を開いて幸樹を見た。
「わたし、死んだの?」
咳き込みながら尋ねた。
幸輝が首を横に振った。
「わたしの父さんや母さんはこの海で死んだの。だから、わたしは死ぬために海に飛び込んだのよ。それなのに、なぜ、わたしを死なせてくれなかったの!」
幸輝を恨めしそうな目をして言った。
(十日前、事業に失敗して自殺した鷺草という名の夫婦がいた。場所は伏せていたがこの場所だったのか。そして、夫婦はこの少女の両親だったのか。和泉葛城山で親子が楽しんでいたのは、今生の別れだったのだ、哀れな親子)
幸樹の目から涙が溢れ出る。
「わたしは、父さんや母さんが居ない世界で生きるのは嫌。だから、助けてくれても、お礼も言わないし、恨むわ」
震えながら恨み言をいう少女が、この上もなく哀れで、思わず、抱き締めてやりたいと思ったが、少女の態度がそれを拒絶させていた。
幾ら哀れでも、少女の望みを叶えさす訳にはいかない。
「僕は、どんなことをしてでも、君を絶対に死なせないからね」
幸樹が大切な宝物に触れるように少女の手を掴む。
少女は涙の目で幸樹に言った。
「絶対に死ぬわ」
少女は、幸輝が一瞬でも隙をみせたら、海に飛び込もうとする。しかし、少女を一刻も早く警察に保護してもうのが先決だったので、携帯電話を取り出すと、少女は警察や病院へ連れていかれると思って海に飛び込み、電話をかけさせないのだ。
困り果てた幸樹は、どうすれば、少女から自殺心を取り除けるか考えたが、よい考えが浮かばない。だが、無言で居るよりは話し合う方が良いと思った。
「君にはお祖父さんやお祖母さんがいないのか?」
「おばあちゃんが居るわ」
何気なく言った言葉に、少女の顔色が変わった。