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運命の彼方

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 舞が、毅然とした態度で言った。
 「なぜですか」
 幸樹は理解出来ずに、驚いて尋ねた。
 「莫大なお金が要ります」
 「お金なら僕が何とかします」
 幸樹は父親が死亡したため、今は、天涯孤独の身であった。亡父の沢山の遺産は全て幸樹のものとなった。
 そのため、もし、自分が死んだら、全財産を鷺草の少女が受けとれるように遺言書を作成していたが、舞が現われたため、少女と舞の二人が等分に受け取れるように、遺言書を作り直し、舞の分を治療費に当てようと考えていたのだ。
 「それではあまりにも虫が良すぎます」
 舞は固辞した。
 「ぜひ、僕に治療費を出させてください」
 「少し考えさせてください」
 「いいよ」
 幸樹は、舞がゆっくり考えれるよう車が少ない通りを選び車を走らせた。  
 (角膜を取り替えるのは、絶対に嫌だわ。私の瞳には大好きなお兄さんと先生が居るんだから)                                     そして、嫌な日々を送らねばならなくなるのだ。
 (目が治ったら、奥さんの顔や声を見聞きしながら、一生涯、仕事をしなくてはならないのよ。でも、私は奥さんの顔は死んでも見たくない。絶対に嫌よ)  
 舞は心の中で悲痛な叫び声を上げていた。
 嫌なら、医院を去ればいいことだ。しかし、去れないから辛い。
 (私は、お兄さんの傍を離れられない。もし、離れる時は、私が死ぬ時)
 早苗の顔を見ながら医院で勤めるか、それとも、幸樹と別れ医院を去るか。だか、どれも舞には出来ないことだった。
 しかし、ふと、気付いた。奥さんの声だけなら辛抱できると。
 (そうよ、目を治さず辛抱すればいいのよ)
 舞は手術をしないと決心して言った。
 「せっかくの好意を無にすると思って、嘘を言っていました。本当の訳は、私の瞳には大切な人がいます。だから、取り替えたくないのです」
 幸樹の心は言いようのない淋しさに襲われた。
 「大切な人」   
 幸樹の目に、鷺草の少女と電車の中から幸樹を見つめる舞の顔が写った。
 「角膜を代えると、大切な人の顔が消えます。勿論、知っています、消えないことを、でも、私は」
 と泣きだした。
 「僕にも、命より大切な人が二人いるから、その気持ち分かります。もう、二度と困らすようなことは言いませんから、泣かないでください」
 「好意を無にし、勝手な事をいう私を許してください」
 幸樹と舞は、相手が大切な人と言っている者が自分であることを知らない。
 「いいですよ、どうか気にしないでください」                   その時、幸樹は、ふと、大切な人とは、自分のことかもしれないと思った。
 幸樹は、期待で、震える声を押し沈めながら尋ねた。
 「今、大切な人はどうしています?」
 「分かっているようで、分からないです」
 「貴女の瞳に、大切な人は何時頃から居るんですか」
 大切な人の姿を見たのは何時かと尋ね、二年前と答えたら、大切なひとが自分であると幸樹は思っていいのだ。
 だが、答えは期待したものではなかった。
 「ずっと昔です」                  
 年月は忘れる筈がない。しかし、正確、そして詳しく話したら、鷺草舞だと気付かれる恐れがあるため、漠然とした答えを言った。
 「昔してすか」
 「はい」
 幸樹は、舞の大切な人が自分でないことを知り、聞くのではなかったと、後悔した。
 やがて、医院に着いた。
 幸樹と舞が医院に戻ると和歌子が尋ねた。
 「どうでした?」
 和歌子は、舞の目が治ることを期待していたのだ。
 「結果は良くなかったよ」
 「そうなの、残念ね」
 「今はね」
 「今はね、とは?」
 和歌子が尋ねた。
 「医療は日進月歩だから、どんな病気でも治せるようになると思うんだ」
 幸樹は舞と和歌子を残し、自分の部屋へ行った。
 「じゃあ、私も」
 舞が事務室へ行こうとした。
 「待ちなさい。私は、舞さんの目が治ることを期待していたのよ。なぜなら、先生の足手纏いにならないからよ。でも、治らないと決まったのなら、私が何時も言っていることを守るようにしてください。さもないと、事務室から出ていってもらうからね」     舞が恐々、はい、と返事するしかなかった。
 「そして、一日も早く、事務室を出られるように、他の仕事を探すのよ」
 舞が頷くが、堪えられなくなっのか見えぬ目から涙が溢れた。
 「泣かないでください。泣いて誤魔化そうとしても、私は、騙されないわ」 
 和歌子は出ていった。
 舞は出る涙を拭きながら事務室に駆け込んだで言った。  
 「私はお兄さんと居られるなら、どんな苦しみにも堪えます」
 幸樹の傍で居られるなら、どんな苦しみも甘んじて受けようと心に誓う舞だった。
 「だから、私を、そっと、して置いてください」

 和歌子による舞への苛めは、日増しに激しくなっていたが、舞は、幸樹の傍で居たいため、いくら苛められても耐えた。          
 それが和歌子の憎しみを増幅させ、なお苛めが激しくなるのだ。
 だが、舞は幸樹に嫌な思いをさせたくないと考え、和歌子の苛めを隠していたので、幸樹は和歌子の苛めに気付かなかった。                  
 苛める和歌子、苛められる舞、どちらにも平穏な日は無かったが、季節は風薫る五月がやってきた。
 幸樹は、鷺草の少女のことを一日も忘れたことがない。そして、五月の風を心身に受けると、必ず、和泉葛城山を思い出す。              
 今年は、鷺草の少女と交わした約束の十年が約一ヵ月と迫ったこともあり、例年以上に和泉葛城山への思いが強くなるのと、同時に、舞の行く末が心配でならない。
 (舞に黙って、鷺草の海へ行くべきか)
 幸樹は何度も思案したが結論がでなかった。            
 だが、せめて、舞だけは、和泉葛城山へ連れていきたいと思った。
 五月八日。  
 舞の事務所へ幸樹が来た。            
 「舞さん、話す時間がある?」
 「はい」
 「今度の日曜日、和泉葛城山に行きませんか」
 「和泉葛城山ですか」
 舞の胸は喜びに震えた。
 「僕が再出発した山です」
 幸樹が遠くを見る目で言った。
 「大切な山なのですね」
 舞は知らない振りをした。
 「とても大切な山です」
 「何処にあるのですか」
 「大阪府と和歌山県の境に紀泉高原という美しい高原があるんです。紀泉高原は、標高八五八米の和泉葛城山を中心に、東には三國山、牛滝山、西は犬鳴山があります」    和泉葛城山へ行けるのなら、和歌子に苛められても、絶対に行きたいと思う舞だった。 「ぜひ、連れていってください」
 「じゃあ、三日後の日曜日、舞さんの家へ迎えに行きます」
 幸樹は舞の事務室で長く居ると、変な噂を立てられるぐらいのことを知っていたので、用件をすませると、すぐ、出ていった。
 日曜日、幸樹は舞を車に乗せると、舞と初めて出逢った時に通った道を走った。    やがて、車は牛滝山に到着した。     
作品名:運命の彼方 作家名:さいし