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運命の彼方

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 (私は、瞳の中のお兄さん顔を思い浮かべながら、お兄さんを、私のもの、私だけのものよ、と誰にも渡したくないために呼んだり、思ったりしていた。でも、表向きは、お兄さんと呼びたいわ、なぜなら、一番、親しみやすいから、でも、奥さんのように、あなたと呼べたら、何時死んでもいいわ)
 幸樹は舞にダンスを教えたり、梅の香を十分に楽しんでから帰途に就いた。      帰りの車中で、舞は、胸を熱くして考えていた。
 (和歌子さんに何と言われようと、私は、お兄さんと何時までも一緒にいたい。でも、先生が許してくれるかしら) 
 幸樹は舞にとって初恋の人だった。そして、今は幸樹を死ぬほど愛している。しかし、和歌子が言うように、幸樹に取って舞は足手纏いなのだ。鷺草舞と名乗って幸樹の同情を買うより、幸樹の傍で静かに居たいと思う舞だった。                 「先生」
 「何だね」
 「私の仕事、先生に役立っています」
 「当然だろう。僕にとつて、大事な仕事ですよ。無論、舞さんもね」
 「じゃあ、私がこの仕事を何時までもしたいと言ったら許してくださるの」
 「一生涯居てもいいよ。いや、居てくださいと僕がお願いしたいくらいだよ」
 「嬉しい」
 「そんなに嬉しい」
 「ええ、天にも昇ほどにね」
 「そんなに喜んで頂いて、僕も嬉しいよ」         
 話しているうちに、舞の家に着いた。
 「今日は私の為に梅見に連れていってくださて有難うございました」
 「また、さくら見物に行こうね。でも、舞さんには見えない。それが残念です。僕の友人に優れた眼科医が居ます。治るか治らないか、一度、診察してもらいませんか」
 舞は目が治れば、幸樹の足手纏いにならなくなると思うと嬉しくなった。
 「ぜひ、お願いします」
 「じゃあ、診察日が決まったら報せますからね」
 舞を降ろすと、幸樹は自宅へ帰った。
 大阪城公園で、最後の楽しい時間を過ごして帰った舞は、幸樹に送られ我が家に帰っても、天にも昇るような幸せな気分だった。    
 家に入ると養母が驚いたように言った。
 「とても綺麗よ、先生と何かあったの?」
 「何か?」
 「恋しているような顔をしているわ」
 「違うわ」
 舞が顔を真っ赤に染めて否定した。
 「まあ、いいわ。じゃあ、何か嬉しいことがあったの?」
 「大有りよ、先生はね、私を一生涯、雇うと約束してくれたのよ」
 「それは本当かい?」
 「ええ、はっきりと約束してくれたわ」
 「それは良かったね。これで、私も舞の将来を心配しなくなったわ。無論、お父さんもよ。今度、先生に会ったら、私からもお礼を言わなくちゃあ」
 養母は満面に喜びを現していた。
 翌日、舞が出勤すると、和歌子が優しく尋ねた。
 「舞さん、昨日はどこに行ったの?」
 舞は、和歌子の優しい言葉に、つい、恐さを忘れて話した。
 「はい、先生と大阪城公園に行きました」
 「何をしに?」
 「梅見です」
 「そう、良かったわね」
 「はい、久しぶりの梅見だったので、すごく楽しかったわ」
 「先生は?」
 「先生も楽しそうだったわ、いえ、心底から楽しんでいたわ」
 「それが貴女の答えなの」
 急に和歌子は柳眉を逆立てると、烈火の如く怒りだした。
 「あれほど、先生とは親しくしないようにと注意したのに無視したのね、もう、明日から医院に来なくてもいいわ。何度も言うけど、貴女は先生のお荷物、決して、先生を幸せにできる人出はないのよ。帰ったらよく考えなさい」
 和歌子は肩を怒らせて出ていった。
 舞は、すぐ、事務室を飛び出し、家に帰りたかった。しかし、先生かお兄さんだと知った今、とても、医院から去ることなど出来なかった。
 翌日。                                   
 舞を奈落の底へ叩き込む者が現われたのだ。
 「初めまして、私は彼方早苗と申します」
 早苗は離婚してから斎藤早苗である。だが、舞の前では、彼方早苗と名乗ったので、舞は、親戚の女性と勘違いした。
 もし、舞の目が見えたら、電車の中で幸樹を夫呼ばわりした女性だと気付いただろう。 舞が彼方医院で勤務するようになってから、早苗は一度も来なかった。いや、例え来たとしても、舞には何の不都合もなかった。 
 何故なら、昨日までは、先生が自分の大切なお兄さんだと知らなかったからだ。
 しかし、今日からは、先生とお兄さんの奥さんの顔は絶対に見たくない、まして、恋人のように楽しく過ごしたからだ。
 「先生なら診察室に居ます」  
 舞は、幸樹の元妻とも知らず教えた。                
 「幸樹に会いにきたけど、診察室に居なかったので、ここへ来たのよ」
 「貴女は、先生のお姉さんですか」
 「私がお姉さんただって?」
 早苗が嘲笑うように言った。
 「はい、幸樹と呼び捨てにしていましたから」
 舞が困惑したように言った。
 「呼び捨ては当然でしょう、幸樹は私の夫ですのよ」
 舞は、目の前が真っ暗になった。
 衝撃だった、舞は電車の中の女性のことを忘れていたのだ。             「気付かず、御免なさい」
 「私が誰か分かった!」
 舞を睨み付けるように言った。
 しかし、舞が何も言わなかったので、舞を憎しみの篭もった目で睨みつけながら、   「私に無断で医院で働いているのね、許せないわ、貴女も貴女よ、私に断りもなく、平気で幸樹の好意を受けるなんて、もう、明日から来ないでください」
 早苗の言動を見ていた和歌子は、早苗を非難しないばかりか、応援するように首肯いていた。
 「黙っていないで、返事をしなさい」
 早苗が勝ち誇ったように言った。
 「先生の許可を頂いてからにしす」
 舞が恐々、言うと、早苗が止めを刺すように言った。      
 「今日と言わずに、今から帰りなさい」
 早苗は、憎々しげに言うと診察室へ行った。
 やがて、応接室から、早苗の甲高い声が聞こえてきた。
 (先生、いえ、お兄さんに奥さんが居るのは当然。でも、認めたら悲しすぎるから、考えないようにし、心の中だけでお兄さんを愛し、私だけのものと独占していたのに) 
 一番大切にしてきた、私のものを失った舞の脳裏に、鷺草の海が現われた。
 鷺草の海へ行きたければ、和泉砂川駅で和歌山行き電車に乗ればよい。だが、舞は生きて幸樹の傍にいることを決意した。


幸樹が舞を恋人のように大切にしたことで、心配した和歌子が舞を苛めるだけに止まらず、二人の仲を裂くために、早苗を呼び寄せ、舞を追い出そうとしたのだ。     
 だが、それに気付かない幸樹は、真剣に舞の目を治そうと思い、友人の眼科医、田中に舞の診断を頼むことにした。              
 幸樹は早速電話した。
 「もしもし、田中眼科ですか」       
 「はい」
 聞き覚えのある女性事務員の声が聞こえた。
 「僕は彼方、田中君の友人なんですが、眼科についての質問がしたいので、取り次いでくれませんか」
 「彼方さんですね、分かりました、少々、お待ちください」
 電話が切り替わったのか、田中の野太い声が聞こえた。
作品名:運命の彼方 作家名:さいし