小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

欠片

INDEX|16ページ/30ページ|

次のページ前のページ
 

 チュニス市での作戦はほぼ予定通りに進められた。現地の状況を見、ひとつの作戦を変更したが、それも想定内のことであって、予定していた期日内には全ての片が付いていた。
 アルベルト中将は常に私の作戦案を聞き入れてくれた。そのうえで吟味し、判断を下してくれる。チュニスで過ごした一週間は常にアルベルト中将の側に控えていた。
「お疲れ様、ザカ中佐」
 全ての任務を完了し、この日は帝都への帰還を開始した。車での移動だったから、此処からは三日を要す。
「閣下こそ、お疲れ様です」
 運転は自動運転に任せていたが、私が運転席に座っていた。特務隊からあと五人、共に連れ立っていたが、彼等には事後処理を任せていたため、私達は一足早く帝都に帰ることになっていた。
「閣下が君の能力を評価する理由が良く解った。……以前、昇級を断ったそうだが何故だ?」
「まだ少佐になって間も無い時期でしたから……。もう少し下積みをしてから昇級したかったのです」
「昇級を提示された時には引き受けなくては駄目だ」
 アルベルト中将は此方を見て言った。
「あの時、昇級試験を断っていなければ、今頃大佐か准将になっていただろう。閣下も惜しがっていらしたのだぞ」
「……申し訳ありません」
「私に謝ることでもないが……。おそらくまた今年、昇級の話が出て来るだろう。その時は断らずに試験を受けるのだぞ。君のように能力の高い人間こそ、早く本部に入るべきだ」
「ありがとうございます。しかし私は未熟者ですので……」
「閣下も私達も君には期待している。そうでなければ佐官で会議に参加させたりはしない。今後も同じように作戦会議に参加してもらうが、確り意見を述べてほしい」
 アルベルト中将は42歳で、ロートリンゲン大将の副官を務めている。特務派の事務局に顔を出すことはないから、これまであまり接点が無く、ロートリンゲン大将の副官という立場からも少し取っ掛かりにくい印象を持っていた。だが、こうして話してみるとそれが誤解であったことが解る。とても話しやすい人物だった。
「尤も周囲より昇級が早ければ、ゴルテル中佐のように嫉妬する者も居る。だから自分自身で充分に注意するのだぞ」
 あれからまだゴルテル中佐と話していない。腹立たしいというより、何かがすうっと冷えたような気分になった。冷めたというのだろうか。私がどれだけ気に掛けても、僻みや妬みは消せないのだと、そう感じてしまった。
「あの会議の後、フォイルナー准将がゴルテル中佐を呼びつけて、酷く叱りつけていた。あの穏やかなフォイルナー准将が誰かを叱り飛ばすのは私も初めて見たのだが」
「フォイルナー准将が……」
「叱れないようなら私が代わりに叱るつもりだったのだが……。普段、フォイルナー准将はあまり物を強く言わない性格なのだが、あの時は本当に怒ったようだ。……ゴルテル中佐は君に謝罪したか?」
「え? あ……はい」
 謝罪どころか言葉さえ交わしていない。フォイルナー准将が謝罪するように仕向けてくれたのだろうが――。
「君は嘘が下手だな。まあ、ゴルテル中佐も意地があるから謝ることもないだろう」
 私の嘘はすぐに見透かされた。すみません――と謝ると、アルベルト中将は苦笑のような笑みを浮かべた。
「どれだけ周囲を気遣っても嫉妬されることもあるものだ。それを気にしていては、君自身の発展性が無くなってしまう。周囲と上手くやっていくことも大事だが、だからといって自分を過小評価する必要も無い」
 アルベルト中将の言葉はすとんと私の胸に入ってきた。ゴルテル中佐と顔を合わせるのを何となく気まずいと感じていたのだが、別に今迄通り普通に接すれば良いのだ――と思えてきた。

 帝都に戻り、その足でロートリンゲン大将の許に報告に行った。ロートリンゲン大将は報告を聞いて頷くと、御苦労だったと労いの言葉をかけてくれた。
「このたびの功労者はザカ中佐です、閣下。作戦遂行能力に加えて状況判断も鋭く、私は彼に随分助けられました」
 アルベルト中将が言い添える。驚いて見返すと、ロートリンゲン大将は此方を見て、よくやった――と誉めてくれた。
「アルベルト中将閣下の指揮があってこその勝利でした。私は閣下の指示に従っただけで……」
「上官の賛辞は礼と共に受け取っておくものだ、ザカ中佐」
 アルベルト中将が此方を振り返って言った。それを聞いたロートリンゲン大将は笑みを浮かべ、ザカ中佐のことは君に一任すると告げた。一任とはどういうことだろう――と思っていたら。
「補佐官に相応しい人材と見受けました。彼には早く将官となってもらいたいものです」
「本部に机を設けることは出来ないが、今回のように任務に行く時には補佐官に任命することが出来る。……それから帰還した矢先ではあるのだが、来週、国際会議が新トルコ王国で開催される。ザカ中佐、君にも参加してもらいたいのだが……」
 国際会議――。そんな大舞台に――。
「はい。閣下」
「また詳細は追って伝える。ではザカ中佐は下がって良いぞ。今日は早く帰宅して休みなさい」
 敬礼して、ロートリンゲン大将の執務室を後にする。疲労はさほど感じておらず、それどころか来週には国際会議に参加するということに胸が踊っていた。国際会議に出席出来るのは原則として将官だと聞いている。それを佐官の、しかもまだ中佐の身分の私が参加出来るとは――。
 事務局に一度戻ってから、この日は帰宅の途に着いた。



 任務に就いたから、明日明後日と休暇が貰える。明日はゆっくり休んでから、街に出掛けてみよう――そう考えながら、寮の門を潜った。

「ノーマン」
 その声に途端に足が竦んだ。心臓が身体から飛び出てきそうなほど、どくんどくんと大きな音を立てた。
「ひとつも連絡を寄越さず、このまま縁を切るつもりか」
 手首をぐいと掴まれる。
 叔父の手が強く強く、この手を掴む。

 手を振り払ってしまえば良い。今の私の方が力が強いのだから、それは難しいことではない筈だ。手を振り払えば――。

 どうやって――。
 どうやって振り払うのだった? 手をどう動かせば良かった?

 身動きが取れない――。

「そのようなことは許さんぞ。来い、ノーマン」
 ぐいと強く引っ張られる。足が縺れてよろめいた。
 足ががくがくと震え、上手く歩けない。全身が強張って、声すらも出ない。

 怖い――。

「何をしているのですか」
 この声――。
 恐怖に全身が埋め尽くされる直前、この声が私を恐怖から守った。声と共に、私の腕に触れ、強い口調で何をしているのですかと叔父に再び問う。
 ジャン――。
 ジャンの声が私を冷静にさせた。私に触れたその手が、恐怖から解放してくれた。
 手首を翻し、叔父の手を振り払う。足はまだ震えていたが、拳を握り締めて、叔父を見据えた。
「お引き取り下さい。私は貴方がたとは縁を切っています」
「何を勝手な……。ノーマン、お前は何かを勘違いしているようだ。兎に角、一度家で話を……」
「その必要は無いと言っているのです……! お引き取り下さい……!」
「私はこうしてお前のことを心配して此処で待っていたんだ。とりあえず一度は自宅に帰って来い。音沙汰も無く、どれだけ心配していると思っている」
作品名:欠片 作家名:常磐