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欠片

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 ロートリンゲン大将の言葉に少し棘を感じたのは気のせいではないだろう。そして参謀本部の将官達は私を見ると、一瞬眉を潜めたようだった。


 十分遅れて開始された会議は、滞りなく進められた。会議の概要を聞きながら、資料に全て眼を通し、要点を把握しておいた。南方地域では時々、隣国と衝突が起こる。大きな衝突ではないが、そうした国境地域での衝突は特務派が出向くこともあって、今回の案件はそのための作戦案だった。参謀本部の将官が此処に居るのも、そうした事情があってだろう。
「参謀本部からは3案を提示する。ボビッチ中将」
 参謀本部長のエッカート大将が副官らしい中将に促す。ホビッチ中将というらしい将官は、メモを見ながら作戦案を読み上げた。手元の資料の片隅にそれを書き取っていく。
 意外に感じざるを得なかった。参謀本部は作戦立案に長けた者ばかりが集まっていると思っていたのに、提示された3案はいずれも月並みな、誰でも思いつきそうな案ばかりだった。それどころか、このような案で部隊を配置すれば、被害の拡大を招きかねない案もある。
「……A案とC案はリビア軍の配置次第では此方が大損害を被るのではないだろうか」
 ロートリンゲン大将が即座にそれを指摘した。エッカート大将がそれに応える。
「リビア軍側がそのような配置を行うとも考えにくい。それに成功すれば此方の被害は少なくて済みます」
「リビア軍の北方司令部司令官は有能だ。このような作戦はすぐに見破られる。エッカート大将、此方からも案を提示して宜しいか」
 エッカート大将が不本意そうに頷くと、アルベルト中将が作戦案を読み上げる。参謀本部側の作戦案より綿密に計画されたもので、勝率は高いように思えた。
 ただ――。
 勝率は高いが、多数の兵力を動員することになる。それよりも、もうひとつ案があるように思うが――。
「ロートリンゲン大将。それは当初の予算を超えているのでは?」
「予算は超えるが、勝率の低い案に賛同も出来ない。財務省には此方から臨時予算を組んでもらうよう申し出るつもりだ」
「それでは軍務省の他の予算が削られかねないではないですか。このような案、私は賛成出来ませんぞ」
「敗れた場合の損失額を考慮すれば、此方の案の方が確実だ。それとも他に策があると?」
 参謀本部の面々は渋面を掲げていた。私が考えている策は何か欠点があるのだろうか。誰もそれを発言しないのは何故なのだろう――。
「他に策があれば、この場で提示してもらいたい」
 ロートリンゲン大将はこの時、部屋全体を見渡した。眼が合って、傍と視線を止める。
「ザカ中佐、君は? 何か策を思いついたか?」
「……はい。発言を宜しいですか?」
 もしかしたらそれは皆が既に思いついている案であって、一蹴されるかもしれないが、思い切ってそれを提示してみることにした。
「資料に付されている地図を御覧になって下さい」
 地の利を生かした案がひとつある。動員も少数で済み、勝率も高い案だった。資料を見ながら説明を進めていったところ、ロートリンゲン大将は少し考える風でメモを取った。
「そのような案、各部隊を散逸させることになる。そもそも、何故中佐がこの会議に参加している?」
「ザカ中佐は非常に鋭い案を作成するので、今回は私の補佐官として出席させました。ロートリンゲン大将閣下も了承済みです」
 アルベルト中将が即座に言い返す。エッカート大将はぎろりと此方を見、感心せぬな――と言った。
「そうだろうか? 今の彼の案はこの場の誰も考えつかなかったものだ。それに勝率も高く、動員数も少数で良い」
「このような奇策、机上の空論だ!」
「確かに現地に行って状況を見る必要はある。……ザカ中佐、二つ質問したい」
 ロートリンゲン大将は散逸した部隊が奇襲攻撃を受けた場合と、敵軍の数が多かった場合について質問した。それについても、私のなかでは既に答えを用意しておいた。そうして応えると、ロートリンゲン大将は僅かに笑みを浮かべたように見えた。
「やはりこの策を採用しよう」
「ロートリンゲン大将、もし失敗したらどうするつもりです? 被害の程度は甚大で……」
「この指揮は本隊も含め、特務派が担っても宜しいですかな? 無論、責任は私が負います」
 エッカート大将はそれ以上、異議を唱えなかった。会議は予定通りの時刻に終わった。終わるや否や、エッカート大将はじめ参謀本部の将官達は、会議室から立ち去っていく。ロートリンゲン大将は私の執務室へ、と私達を見渡して言った。


 本部にあるロートリンゲン大将の執務室に赴くのは、これが初めてだった。其処は軍務局本部の奥にあって、書棚に机、それに大きなスクリーンが備えられている。その執務室の奥に応接室のような部屋があった。其処にはさらに大きなスクリーンが備え付けられている。
 ロートリンゲン大将はソファに腰を下ろすよう告げた。
「まずはザカ中佐。短時間であのような案を思いつくとは感心した。此方でもう一度シミュレーションしながら案を提示してもらいたい」
「はい。閣下」
 フォイルナー准将が操作盤を私の前に差し出す。スクリーンに地図が映し出される。其処に部隊を意味するマークを作り出し、作戦案を説明していった。ロートリンゲン大将はそれを聞き終えると、頷いて、アルベルト中将に人員表をと告げる。アルベルト中将は手に持っていたファイルケースから一枚の紙を取り出すと、ロートリンゲン大将に手渡した。
「アルベルト中将、このたびの指揮官として出向いてくれるな?」
「はい、閣下」
「そしてザカ中佐を副官に。ゲーベル少将とフォイルナー准将は本部にて、アルベルト中将からの連絡指示を」
 驚いたことに、作戦の副官に選ばれてしまった。
 ロートリンゲン大将の執務室での会議はそれで終わった。本部から事務局に戻ろうとした時、共に居たアルベルト中将に軍務局に立ち寄っていくよう告げられた。
「見事な作戦案だった。前回の作戦案にも驚いたが、君は用兵に非常に才があるな」
「いいえ。出張って申し訳ありませんでした」
「何を言う。良い案を提示したではないか」
「ボビッチ中将も顔色を変えていた。彼も愚かではないから、君の策が有効だと思ったのだろう」
 アルベルト中将は苦笑する。側に居たゲーベル少将も同じように苦笑した。
「さて、作戦遂行のため、明後日には現地入りする。そのように準備を整えておくように」
「はい、閣下」
「それから明日もこの部屋に来てくれ。そうだな、四時頃に」
「解りました」
「ザカ中佐」
 アルベルト中将に敬礼して立ち去ろうとした時、フォイルナー准将が呼び掛けた。
「今日は済まなかった。私のミスだ」
「いいえ。お気になさらないで下さい。もしかしたら何か行き違いあったのかもしれませんし……」
 フォイルナー准将は私以上に今回のことを気に掛けているようだった。気遣いに礼を述べてから退室し、事務局へと戻った。ゴルテル中佐は事務局内に居なかったが、私の机の上に出掛ける前まではなかった資料が置かれていた。
 これは明らかにゴルテル中佐の仕業だろう。
 今後は気を付けなくてはならないな――机の中に収めておいた資料を一通り確認してから、溜息を吐いた。

作品名:欠片 作家名:常磐