小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

あの夏の向こう側

INDEX|2ページ/7ページ|

次のページ前のページ
 

 重力が郁を見放しても、僕には干渉し続ける。最近の僕にとっては、これがとても不快だった。
「受験勉強しろって、母さんがうるさくて。自分が何したいのかもよくわかんないのに」
「そっか。……恵美子もスパルタになったのね。昔は勉強したくないってうるさかったのに」
 音もなく、彼女は僕の前に立った。
「それだけ長い間、私はここにいちゃったってことだね」
 僕はその顔を見ることができなくて、俯いてしまった。自分から話を振っておいて、その話がもたらした表情も見られないなんて。
 郁が成仏せずに残っている理由を僕は知らない。もしかしたら尋ねたことはあるのかも知れないけれど、答えてもらった記憶はなかった。でも、彼女と接触できるのが僕だけということは、その理由に僕が関与していることは間違いない。僕は最近になって、できるならば早く彼女にいなくなってもらいたいと思っている自分を隠せなくなっていた。
「郁は、どうしてずっとここにいるの?」
 頭の上で彼女の悩む声が聞こえる。その割に答えはすぐに落ちてきた。
「……楽しいからだよ。うん、多分それだけ」
 どこか引っかかる言い方だった。けれどそれを追及する図々しさは僕にはなかったし、あまり聞きたくもなかったので僕は黙ることにした。
 しばらく沈黙が続いて郁の足元を眺めていると、不意に郁が僕の顔をのぞき込んできた。僕が驚いていると、彼女はにかっと笑って言った。
「じゃあ私、成仏するよ。だから私のお願いを聞いてくれる?」
 僕はさらに驚いた。彼女は冗談で「成仏」という単語を使うことはあるが、真面目な話ではその言葉を避けるようにしてきたからである。そもそも彼女は、できる限り真面目な話を遠ざけようとしていたような気もする。
「じゃあって……」
 だから、彼女はずっとここに居たがっているのだと思っていた。こんなにもあっさり言われてしまうと、逆に引き留めたい衝動に駆られる。考えてみれば元からどちらの気持ちもあったのだろうが、自分が発端になってしまった以上、今更何を言うこともできなかった。
「しょうがないなあ。どうせ僕にしかできないんだろうし、叶えてあげるよ」
 それを聞くと、郁は「よっしゃ」と言って笑った。
「じゃあねえ、まずは……」

作品名:あの夏の向こう側 作家名:さと