森の秘密基地
「ここは基地なの。秘密基地。ここにはわたしと×××しか入れない。ふたりが初めてのお客さんだね。本当はダメだけど、×××が来ちゃったし、あまりやりたくないけどね」
何をやりたくなかったのだろうか。わたしたちを家に入れることだろうか。
「遊びに来ただけで……、ほら、キャンプみたいなものよね。見つかったら怒られるから、内緒にしておいて。×××も基地も秘密なんだ」
誰に怒られるのか。親に怒られるのだろうか。そういえば、やはりAくんは女の子だったかもしれない。
「秘密基地のことは絶対他のヤツにいうなよ。変かもしれないけど、また遊んでね」
Aくんがいった「秘密基地のことは絶対他のヤツにいうなよ」は、Yくんがよくいっていた言葉を真似てのことだろう。
Aくんは小さな声でわたしたちにこのような話をしてくれた。わたしはAくんのいったことがよくわからなかったのだが、その家や×××を秘密にしなければならない、ということだけはわかっていた。
それからすぐにAくんの家を出たのだったと思う。確かAくんが砂利道の所まで送ってくれたのだ。その帰り道、Yくんは砂利道を歩きながら前を向いて独り言のように「絶対他のヤツにいうなよ。秘密だから」と呟き、わたしはそれに無言で頷いた。Yくんと同様に、わたしもAくんを守ってやらなければならない、と強く感じていた。いったい何からAくんを守るというのだろうか。
先日、故郷に行く用事があって、ふと秘密基地のことやAくんのことを思い出した。あの年、夏を過ぎた頃には秘密基地のことなどもう忘れたかのように別の遊びをしていたが、そこにAくんもいただろうか。わたしたちは三人グループだったかのように記憶していたが、あの秘密基地以外でもAくんと遊んでいただろうか。どうにも思い出せなかった。
用事を終えたわたしが記憶をたどりながら森に向かう道を進むと、何を売っていたのかわからない商店は、営業こそしていなかったが当時のままの姿でそこにあった。そして、当時と同じようにその角を曲がったが、砂利道は舗装されており、森があった場所には何かの工場のようなものが建っていた。当然わたしたちの秘密基地は壊されてしまったはずだ。Aくんの家も壊されてしまったのだろうか。Aくんはその後どこへ行ったのだろう。
そもそもAくんとはいつから友人関係になったのか。Aくんはわたしたちと同じ小学校に通っていたのだろうか。森に作った秘密基地、そこでいっしょに遊んだAくんを思い起こして、わたしはAくんが異星人、あるいは未来人だったのではないか、と考えるようになった。あのAくんの家、秘密基地もどこか雰囲気がおかしかったし、あの×××はやはり現代の地球にいる生物ではないだろう。Aくんがわたしたちに「やりたくない」といったことが、記憶を操作するようなことだとしたら、わたしの記憶が妙に曖昧なことの理由にもなる。Aくんは何かの調査のために異星か未来からやってきたのではないか。
しかし、わたしの推論はあっさりと覆された。連絡のつく高校時代の友人を通じてYくんの電話番号を手に入れて、彼にAくんのことを聞いてみたのだ。YくんはAくんのことをよく覚えていた。初耳だったのだが、YくんとAくんは同じ高校に入学し卒業したそうで、数年前まではたまに顔を合わせることがあったそうだ。森の秘密基地の思い出を語ったところ、Yくんの記憶もあやふやだったが概ねわたしの記憶と食い違うところはなかった。
Aくんと最初に会った時のことはYくんが覚えていた。Aくんはやはりわたしたちと同じ小学校に通っていたが、クラスは別だった。遊びに来ていたあの森の中で別のクラスのわたしたちを見つけてAくんから声をかけてきた、という出会いが最初のようだった。いわれてみるとそうだったかもしれない。別のクラスだったのなら、小学校でのAくんとの記憶がぼんやりとしているのもわかる。また、Yくんに×××のことを聞くと「名前は覚えていないけど、Aの家の犬だろう」との答えで、特に不思議な生物だという記憶はないようだった。わたしはAくんに会いたかったが、YくんによるとAくんは一度就職したあとに仕事を辞め、現在は外国の大学に通っているそうで、簡単に会うことはできそうになかった。そして、Yくんとは近々会おう、と約束をしてわたしは電話を切った。
わたしの記憶があやふやなだけで、Aくんはやはり異星人でも未来人でもないのか。高校がいっしょだったというYくんの話は疑うまでもない。わたしだって高校生の頃の記憶ははっきりとしている。そういえば記憶をたどった際は、Aくんは女の子だったかもしれない、と思ったのだがわたしの「Aくん」という呼称にYくんは何もいわなかった。これもわたしの勘違いだろうか。もちろんわたしは小学校の卒業アルバムで確認しようとしたが、生憎それは見つからなかった。わたしは、今度Yくんに会う時に小学校や高校の卒業アルバムを持って来てくれないか頼んでみよう、と考えた。そうしてYくんの顔を思い浮かべたわたしの頭に、またひとつの推論がひらめいた。
Yくんにだけ何か、記憶の操作などをされたのだとしたらどうだろうか。あるいは、AくんからYくんだけに聞かされた話があったらどうだろうか。例えばあのトイレの時。そういえばあの後の話は、Aくんがわたしだけに話しているようだった。
わたしはもう一度Yくんに電話をかけたが、それはつながらなかった。Yくんは仲間思いの少年だった。わたしは彼の言葉を思い出した。
「絶対他のヤツにいうなよ」
そしてわたしは、砂利道を歩きながら彼の言葉に頷いたことを思い起こし、記憶の中の自分に合わせて頷いた。