アイラブ桐生 第二部・第二章 23~25
午後6時ちょうどに、連絡船のタラップが外されました。
桟橋と船のデッキを繋いでいた紙テープが切れて、
定番の蛍の光が流れてくるとなんだか寂しい気持ちが
こみあげてくるから不思議です。
フェリーの全長は、およそ50メートルほどありました。
2000トンクラスで、充分な大きさのように思えましたが、
それもつかの間でやがて外洋では、木の葉のような
存在になってしまいます。
しかし、この内海では別でした。
桜島を左に眺めるながら進むこの錦江湾内ではまだこの船は、
海面を滑るようにして、力強く前進をしました。
3人そろって、とりあえず船尾ちかくの甲板に陣取りました。
夕焼け色に染まる西の空と、遠去かる桜島を
しばらく眺めることにしました。
夕闇と競争するような形で船は、鹿児島湾をひたすら南下します。
右に指宿と開聞岳、左側の前方に佐多岬の突端が見えてくると
その先はもう外洋です。
見る間に、黒々とした東シナ海が迫ってきました。
航路は飛び石のように続く島々を、
いくつもめぐりながら沖縄をめざします。
種子島、奄美大島、徳之島、沖永良部島の間を縫うように進み
さらに与論島を南下して、(目的地のひとつ)沖縄本島の本部港へ寄り、
最終地点の那覇港までの外洋を、ひたすら南下を続けます。
ほぼ一昼夜にわたる、こちらも長い船旅です。
船室へ降りると、そこには只だだっぴろいだけの
空間がひろがっています。
ところどころに巨大な支柱がそびえていますが、
それが見えなければ、
どこかの旅館の大広間のような雰囲気がありました。
真ん中を走る通路以外は 畳が敷き詰められています。
二等船室は、特に場所を指定されているわけではなく、
棚に積んである寝具と枕を取り出して、好き勝手に
陣取って横たわることができました。
そんなものかと思い、
寝具を抱えて最奥の壁際に居場所を決めました。
遅れて降りてきた恵美子と優子も、至近距離へやって来ました。
綺麗にふたつの毛布を並べて敷くと、その枕もとには『淑女のたしなみ』
などと言いながらせっせと、手荷物などを並べながら
『バリケード』を築いています・・・・
「ねぇ、群馬。
起きていてもいいけれど、
前の壁ばかりを見続けていると、あとで大変なことになるわよ。
ビールでも呑んで寝ちゃったほうが正解だと思うけど・・・・
知らないわよ。
そんな風に壁になんかもたれていると
今はいいけど、
あとで大変だから~」
上着を脱いだ美女二人は、
毛布の上に向かい合うと、早くも缶ビールの栓を抜き、
『かんぱあ~い』などと、黄色い気勢を上げはじめました。
ざっと見まわして七~八〇畳ほどの船室に、
多めに見ても、二〇人ほどの乗客しか見えません。
私たちが陣取った奥まった空間には
通路を挟んだ反対側に、中年の夫婦らしい一組と、
良く日に焼けた若者が一人横になっているだけで、あとはがらんとした
空間ばかりが広がっています。
早々と宴会を終えた美女二人は、
仲良くひとつの毛布に潜り込みます。
やがて見事なまでに静かな寝息を立てて、二人とも眠りに落ちていきました。
船室の時計を見ると、まだ出航してから三時間余りで、
午後九時を少し回ったところを指しています。
話し相手が居なくなったために、所在が無くなり膝をかかえました。
正面の壁に賭けられているハンガ―の洋服たちを、何気なく
ただぼんやりと、見つめ始めてしまいました。
しかし、これが優子のいう大誤算です。
作品名:アイラブ桐生 第二部・第二章 23~25 作家名:落合順平