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君にこの声がとどくように

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 ナインは、キャスの魔法で倒すことができると分かって、すでに痺れてきていた左手にもう一度ぐっと力を込める。
「僕に剣を使う才能はない……けど!!」

 盾の使い方はキースが誉めてくれた。
 守ってばかりじゃ勝てないと、盾に隠れてばかりの臆病者だと、同じ見習いの騎士たちは笑う。
 けど、お前たちには剣を捨てる勇気があるのか!?
 耐えていれば、必ず敵を打ち倒してくれるという信頼があるか!?
 そんな仲間がいるか!?
 僕には、いる! それが『僕』の強さなんだ!!

 ナインは剣を鞘に収め、両手で盾を構える。
 円形の盾は、ナインの上半身を完全に覆い隠す。次々と繰り出される骸骨の剣士たちの攻撃を、受け止め、受け流し、そして弾き返した。
 剣を持たず、守る戦いをする『盾騎士』それがナインの選んだ道。
 キャスがクオンの敵を打ち抜くのなら、僕はキャスの敵からその身を守ろう。
 平凡なナインが、キャスとともに歩いて行くために選んだ道だ。
 キャスの放った火弾が、最後の一体を打ち砕いた。
 ナインは骸骨兵たちから一歩も退かず、キャスの精神集中を乱すことさえも許さなかった。見事、五体の骸骨兵からキャスを守り抜いたのだ。
 しかし、さすがにナインの体力は限界に来ていた。最後の一体が崩れて行くのを見届けた直後、安堵のため息と同時にその場にへたり込んでしまった。
 心配して駆け寄ったキャスを、ナインは笑顔で見上げた。キャスを守り抜いた達成感からか、その笑顔は誇らしげだった。
 キャスは一瞬、ドキリとした。
「アンタもがんばれば、クオンの次ぐらいにカッコよくなれるんじゃない? 天と地の差があるだろうけどね」
 相手が只者ではなかったことは、キャスにも良く分かっていた。それでも一歩も引かずに立ち向かった理由を、キャスは知っている。ナインが自分に好意を寄せていることを知っているのだ。
 キャスはナインの隣にちょこんと座った。
 ―― かっこよかったぞ
 決して口には出せないが、胸の内では何度もそう言っていた。

 *  *  *

「クオン!!」
 ソロンが入口を指しながらクオンの名を呼ぶ。
 クオンたち三人の聖騎士は、突如現れた骸骨兵たちを、たった今片付けたところだった。

 ソロンの指した方向からは甲高い金属音が間断なく聞こえてくる。
 誰かがさっきの骸骨兵と戦っているのだ。
 ―― まさか……
 クオンの脳裏に一抹の不安がよぎる。
 ―― ナインが追い掛けてきた?
 『ついてくるな』と言ったとき、ナインは一度もその言いつけを破らなかった。
 ―― キャスと一緒ならあるいは……
 連続した爆音とともに、赤い光が見えた。
 その瞬間、クオンは確信する。ナインとキャスが追い掛けてきたのだ、と。
「二人とも、いけるか?」
 クオンは剣を抜き、二人に問いかける。
「あったりめぇだ!!」
「もちろんだ」
 キースもソロンも、すぐに応じる。
「よし、いくぞ!」
 三人の聖騎士たちは入口の方へと走り出した。
 視界の先に、次々と繰り出される攻撃を盾で防ぎ続ける剣士の姿が映る。
 それを見た三人は目を見張った。
 あまりにも見事な盾の使い方だったからだ。三体を相手に、一歩も引くことなく完璧に攻撃を防ぎきっている。
 後方に魔術師を控えさせ剣士が前線で戦うという陣形は、剣士と魔術師のコンビネーションとしては一般的だ。
 だが剣士は剣を抜いておらず、両手で盾を構え、相手のバランスを崩す程度の攻撃はするものの、それ以上は一切の攻撃をしていない。
 一目で分かる『守る』戦いだ。
 走っている間に、魔術師の放った火弾で二体の骸骨兵が崩れ去る。
 その魔術師がキャスであり、剣士がナインであると視認できるようになった頃には、最後の一体が打ち砕かれていた。
 糸が切れたように座り込むナイン。
「見事だ」
 クオンは誰にも聞こえないように言った。
 聖騎士たちは二人に駆け寄った。
 キャスは駆け寄るクオンを見つけ、一瞬喜びの笑顔を見せたが、すぐにその笑顔はこわばった。クオンが怒っているのが分かったからだ。
 ナインは震える膝を抱えて立ち上がった。
 キャスが手を貸そうとしたが、ナインはその手を振り払った。クオンに、自力で立てないという醜態を見せたくなかったのか、キャスに頼ることを拒んだのか、あるいはその両方か。
 とにかく、ナインは意地でも自力で立とうとしていた。……が、結局バランスを崩し、キャスの肩を借りて立ち上がった。
 無言のままナインの正面に立ったクオンは、まっすぐにナインの目を見た。
「なぜついて来た」
「それはあたしが」と言おうとしたキャスを、クオンは目で制する。
 ナインはキャスに離れてもらい、自力で立ち、クオンの目を見据えた。
「僕は父上のお役に立てませんか? そんなに足手まといですか? 危険な任務だと分かっています。だからこそ、お傍でこの命をお役に立てたいのです。あの日、父上に救って頂かねば失っていた命です。自分の身を守る自信ならあります。自惚れではありません。お願いです。どうか、どうかお供をさせてください」
 隣に立つキャスの目は潤んでいた。今まで一度も見たこともないナインの真剣さに、強く胸を打たれたのだ。
「ダメだ。すぐに戻れ」
 しかし、クオンはナインの意思を退けた。
「クオン、それはひどいんじゃない!?」
 すかさずキャスが噛み付く。
「キャス、お前も戻るんだ」
 クオンの言葉が、我が子の安全を願う親心と知るには、クオンもナインもキャスも、皆が若過ぎたのだ。

 ソロンがナインに応急手当を行った。
「……ありがとう……ございます」
 今のナインを表すならば、意気消沈という言葉がぴったりだろう。疲れによって重かった手足は、これからは精神的に重いものとなる。胸のうちを正面からぶつけて、それを正面から否定されたのだから、これ以上ナインがここに留まることはできない。留まることはクオンに背くことになる。それでは意味がないのだ。そしてそれは、キャスにもあてはまることだった。
「宿舎にて、お帰りをお待ちしています」
 ナインは頭を下げ、背を向けて歩き出した。
「今日のクオン、なんか嫌いだよ」
 キャスも続いて歩き出す。

「今のはちょっと酷いな」
 ソロンが肩を叩く。
「いいつけを破ったのだ。あれぐらい言わなければ」
 クオンは憮然と言う。
「あれじゃあルールの中でしか生きられねえ男になっちまうぜ? 器のちっちぇ男にな」
「お前は自由に生きすぎだ、キース」
「へへ、ちげぇねぇ」

 突然、辺りを強力な妖気が覆った。
 チリチリと身を焼くような妖気は、視界さえも紅く染める。
「ナイン! 戻れ!!」
 クオンは叫びながら走った。
 ナインはクオンの声を聞いて振り返る。
 振り返ったナインの脇を、黒い何かが鋭く通り過ぎ、それはキャスの身体を貫いた。

 崩れ落ちるキャス。
 駆け寄る三人の聖騎士たち。
 すべてがスローモーションになった世界で、再び振り向いたナインは、眼前に聳える巨大な黒い塊に目を疑った。


 黒よりも黒い、漆黒。
 炎のような妖気を身に纏う闇の騎士。

「我は、黒騎士ルドラ。強き者との一騎打ちを所望する」