君にこの声がとどくように
ナインは精一杯平静を装っていたが、そこは若さというもの。いつも通りに振舞おうとする不自然さがアリアリと現れていた。
「クオン、なんとかしてやれ。見ているこっちが辛い」
朝食後、ナインが部屋に帰ったあと、ソロンは無表情でクオンに言った。彼を良く知らない人間ならば、ほんとに辛いのか、と疑問を持っただろう。
「なんとかしたくても、ナインは俺と目も合わせてくれないんだ」
クオンは大きなため息をつく。
「最近、ため息が増えたな」
「聖堂のシスターたちにも言われたよ。『だいぶお疲れのようですね』だとさ」
「父親としてナインを愛している証拠だな。気に病むことはない」
「立場が逆なら俺もそう言ったのだろうが、実際にその身になってみると実感が湧かないものだぞ」
ソロンの黒い瞳の奥に、わずかな感情が生まれる。
それは一瞬で消えてしまい、クオンがそれに気付くことはなかった。
「任務に差し障りのない程度に俺から話しておこう。お前は気持ちを切り替えておけよ」
ソロンはそう言い残し、席を立った。
「俺は、父親失格なのかな?」
誰もいなくなった食堂で、クオンは一人呟いた。
ソロンは、ナインの部屋へと足を向けた。
ナインの部屋が見えた頃、そそくさと部屋を出て行くナインの姿を見つけた。今日の午前中は剣の稽古をすることになっており、午後からは、教会で奉仕活動をすることになっている。
稽古を始めるには、まだ時間が早すぎたのだが、一人で隠れて特訓でもするのだろうとソロンは考えた。
ナインの部屋でキャスが眠っているなどとは、想像もつかなかったのだ。
「少しいいかな?」
ソロンがナインに追いついたとき、ナインは訓練場の水瓶に水を注いでいる最中だった。
「お仕事はいいんですか? 準備とか、いろいろとあるのではないですか?」
ナインは冷静に、淡々と返す。
だが、その顔には【無理をしています】と書いてあるのだった。
そうして、どちらからともなく世間話が始まった。
どこそこにあるなんとかという名の店のランチがうまいとか、聖堂のシスターの一人が、旅の探検家に惚れられて困っているとか、若い騎士見習いが花売りの少女に恋をしているとか、そんな内容の実にくだらない話だ。
「ソロンさんはどうして聖騎士になったのですか?」
「クオンという男が好きだからだ」
俺の父親は商人だったのだが、息子の俺が言うのなんだが、悲しいほど商売に向いていない人だった。
無理をして俺を騎士の養成所に入れてくれた。
だが、養成所ってのは貴族の息子たちが集まる場所だった。金で騎士という身分を買うのさ。貴族の息子たちを嫌いになったよ。
俺はそこでクオンと出会った。
あいつは他の奴等とは違った。ほんのわずかな時間を一緒に過ごしただけで惹きこまれてしまった。
あいつが聖騎士になると言ったから、俺も聖騎士になった。
キースのように剣の腕が立つわけでもないし、クオンのように信仰心に溢れているわけでもないが、俺は聖騎士になった。
クオンという男の近くにいたかったからな。
「……なにかの参考になったか?」
「はい」
「あぁ、それともう一つ理由がある。それは聖職者ではなく聖騎士になった理由だ」
「なんですか?」
「俺は料理をするのが好きなんだ。刃物を持てないのは辛い」
ソロンはそう言って笑った。
こんなくだらない理由しかなかった俺でも聖騎士になれたのだから、お前がなれないはずはない。焦ることはない。
それがソロンがナインに伝えたかったことだ。
* * *
クオンたち三人の聖騎士は、陽が真上に差し掛かる少し前に宿舎を出発した。
王都エルセントを東門から外へ出て、それから北へ。
向かった先はミンミ修道院。鬱蒼と茂る森の奥にあるその修道院では、己の肉体を鍛える修行僧たちが日夜鍛錬を積んでいる。
「修道院? こんなところに何の用が?」
ナインとキャスは、気づかれないように距離を置いて尾行していた。道中の密林は、未熟な二人が姿を隠すのに好都合であった。
修道院は普段とは明らかに様子が違っていた。
建物へと続く長い石畳の並木道は、所々に血がこびり付き、何者かに襲撃されたことを物語っていた。
すでに遺体は片付けられているものの、おびただしい量の血痕と、ひび割れた石畳が、一つの命が尽きた現場であることを主張している。
あまりの惨状に、二人は目を丸くして息を飲むばかりだった。
突然、前後の石畳の下から大剣を持った骸骨の剣士が現れ、二人を包囲した。
ナインは盾を構え、数が多い方に向き直ってキャスと背中合わせに立つ。
キャスは腰につけていた杖を構えている。
「骸骨兵!?」
骸骨兵とは、魔法によって仮初めの命を与えられた兵隊の一種だ。
ひとかけらの人骨から作成されるが、死者への冒涜であるとしてこの界隈では禁忌とされている魔法だ。
骸骨兵は総勢五体。
「こいつら隙がないよ! 気をつけて!!」
骸骨兵たちは、ギャリギャリと錆びた剣を引き摺りながら徐々に間合いを詰める。
「先手必勝よ!! [炎よ、絶えることなき猛き炎よ! 高くそびえ天をも焦がす赤き柱となれ!] あたしの敵を焼き尽くすのよ!!」
ゴウという音とともに、キャスの前にいた骸骨兵が炎に包まれた。
しかし、次の瞬間には炎はかき消されてしまった。
「うそっ!? なんでっ!?」
ナインは骸骨兵の剣を盾で受け流し、がら空きになった胴に蹴りをいれて突破口を開く。
そしてすぐさまキャスの手を掴み、囲みを突破した勢いのまま修道院の出口に向けて走った。
その途中、キャスがナインの手を振り解く。
「離してっ!! 逃げるなんてなに考えてるの? あいつら仕留めるのよ!」
「キャスの魔法でも倒せないんだよ!? 僕ら二人で何ができるんだよ!!」
「さっきのはたまたまよ! まぐれに決まってる! 次こそ!!」
「落ち着いて! キャスの魔法が生命線なんだから、僕ら二人でも勝てるようにじっくり作戦を練ろうよ」
「クオンがこの先にいるのよ! 作戦を練る暇なんてない!!」
キャスは走って逃げてきた道を逆方向に走り出した。ナインもその後を追う。
すぐに四体の骸骨兵が視界に入る。残りの一体を探すと、追い掛けてきてはいるが、少し遅れているようだ。その動きは他の四体に比べて鈍いように見える。
「キャス、全く効いてないわけじゃないみたいだよ。どんどんやって!」
「任せて! このキャス様の魔法が効かないはずがないじゃない!!」
キャスは再び炎の魔法を発動させる。その炎はまたしても一瞬でかき消されたが、かき消した骸骨兵の動きは明らかに鈍っていた。
「これなら僕でも!」
二体ほど動きが鈍っているとはいえ、ナインは五体の骸骨兵たちの大剣を見事に防ぎきってみせる。
盾を構え相手の前進を防ぐことだけに集中する。
その間に、キャスは次なる魔法を完成させる。
「やあぁぁぁ!!」
炎で形成された球状の弾が、次々と骸骨兵たちを襲う。
骸骨兵の一体が、バラバラと声も上げずに崩れ落ちた。
「よし!」
キャスは小さくガッツポーズを決める。
「クオン、なんとかしてやれ。見ているこっちが辛い」
朝食後、ナインが部屋に帰ったあと、ソロンは無表情でクオンに言った。彼を良く知らない人間ならば、ほんとに辛いのか、と疑問を持っただろう。
「なんとかしたくても、ナインは俺と目も合わせてくれないんだ」
クオンは大きなため息をつく。
「最近、ため息が増えたな」
「聖堂のシスターたちにも言われたよ。『だいぶお疲れのようですね』だとさ」
「父親としてナインを愛している証拠だな。気に病むことはない」
「立場が逆なら俺もそう言ったのだろうが、実際にその身になってみると実感が湧かないものだぞ」
ソロンの黒い瞳の奥に、わずかな感情が生まれる。
それは一瞬で消えてしまい、クオンがそれに気付くことはなかった。
「任務に差し障りのない程度に俺から話しておこう。お前は気持ちを切り替えておけよ」
ソロンはそう言い残し、席を立った。
「俺は、父親失格なのかな?」
誰もいなくなった食堂で、クオンは一人呟いた。
ソロンは、ナインの部屋へと足を向けた。
ナインの部屋が見えた頃、そそくさと部屋を出て行くナインの姿を見つけた。今日の午前中は剣の稽古をすることになっており、午後からは、教会で奉仕活動をすることになっている。
稽古を始めるには、まだ時間が早すぎたのだが、一人で隠れて特訓でもするのだろうとソロンは考えた。
ナインの部屋でキャスが眠っているなどとは、想像もつかなかったのだ。
「少しいいかな?」
ソロンがナインに追いついたとき、ナインは訓練場の水瓶に水を注いでいる最中だった。
「お仕事はいいんですか? 準備とか、いろいろとあるのではないですか?」
ナインは冷静に、淡々と返す。
だが、その顔には【無理をしています】と書いてあるのだった。
そうして、どちらからともなく世間話が始まった。
どこそこにあるなんとかという名の店のランチがうまいとか、聖堂のシスターの一人が、旅の探検家に惚れられて困っているとか、若い騎士見習いが花売りの少女に恋をしているとか、そんな内容の実にくだらない話だ。
「ソロンさんはどうして聖騎士になったのですか?」
「クオンという男が好きだからだ」
俺の父親は商人だったのだが、息子の俺が言うのなんだが、悲しいほど商売に向いていない人だった。
無理をして俺を騎士の養成所に入れてくれた。
だが、養成所ってのは貴族の息子たちが集まる場所だった。金で騎士という身分を買うのさ。貴族の息子たちを嫌いになったよ。
俺はそこでクオンと出会った。
あいつは他の奴等とは違った。ほんのわずかな時間を一緒に過ごしただけで惹きこまれてしまった。
あいつが聖騎士になると言ったから、俺も聖騎士になった。
キースのように剣の腕が立つわけでもないし、クオンのように信仰心に溢れているわけでもないが、俺は聖騎士になった。
クオンという男の近くにいたかったからな。
「……なにかの参考になったか?」
「はい」
「あぁ、それともう一つ理由がある。それは聖職者ではなく聖騎士になった理由だ」
「なんですか?」
「俺は料理をするのが好きなんだ。刃物を持てないのは辛い」
ソロンはそう言って笑った。
こんなくだらない理由しかなかった俺でも聖騎士になれたのだから、お前がなれないはずはない。焦ることはない。
それがソロンがナインに伝えたかったことだ。
* * *
クオンたち三人の聖騎士は、陽が真上に差し掛かる少し前に宿舎を出発した。
王都エルセントを東門から外へ出て、それから北へ。
向かった先はミンミ修道院。鬱蒼と茂る森の奥にあるその修道院では、己の肉体を鍛える修行僧たちが日夜鍛錬を積んでいる。
「修道院? こんなところに何の用が?」
ナインとキャスは、気づかれないように距離を置いて尾行していた。道中の密林は、未熟な二人が姿を隠すのに好都合であった。
修道院は普段とは明らかに様子が違っていた。
建物へと続く長い石畳の並木道は、所々に血がこびり付き、何者かに襲撃されたことを物語っていた。
すでに遺体は片付けられているものの、おびただしい量の血痕と、ひび割れた石畳が、一つの命が尽きた現場であることを主張している。
あまりの惨状に、二人は目を丸くして息を飲むばかりだった。
突然、前後の石畳の下から大剣を持った骸骨の剣士が現れ、二人を包囲した。
ナインは盾を構え、数が多い方に向き直ってキャスと背中合わせに立つ。
キャスは腰につけていた杖を構えている。
「骸骨兵!?」
骸骨兵とは、魔法によって仮初めの命を与えられた兵隊の一種だ。
ひとかけらの人骨から作成されるが、死者への冒涜であるとしてこの界隈では禁忌とされている魔法だ。
骸骨兵は総勢五体。
「こいつら隙がないよ! 気をつけて!!」
骸骨兵たちは、ギャリギャリと錆びた剣を引き摺りながら徐々に間合いを詰める。
「先手必勝よ!! [炎よ、絶えることなき猛き炎よ! 高くそびえ天をも焦がす赤き柱となれ!] あたしの敵を焼き尽くすのよ!!」
ゴウという音とともに、キャスの前にいた骸骨兵が炎に包まれた。
しかし、次の瞬間には炎はかき消されてしまった。
「うそっ!? なんでっ!?」
ナインは骸骨兵の剣を盾で受け流し、がら空きになった胴に蹴りをいれて突破口を開く。
そしてすぐさまキャスの手を掴み、囲みを突破した勢いのまま修道院の出口に向けて走った。
その途中、キャスがナインの手を振り解く。
「離してっ!! 逃げるなんてなに考えてるの? あいつら仕留めるのよ!」
「キャスの魔法でも倒せないんだよ!? 僕ら二人で何ができるんだよ!!」
「さっきのはたまたまよ! まぐれに決まってる! 次こそ!!」
「落ち着いて! キャスの魔法が生命線なんだから、僕ら二人でも勝てるようにじっくり作戦を練ろうよ」
「クオンがこの先にいるのよ! 作戦を練る暇なんてない!!」
キャスは走って逃げてきた道を逆方向に走り出した。ナインもその後を追う。
すぐに四体の骸骨兵が視界に入る。残りの一体を探すと、追い掛けてきてはいるが、少し遅れているようだ。その動きは他の四体に比べて鈍いように見える。
「キャス、全く効いてないわけじゃないみたいだよ。どんどんやって!」
「任せて! このキャス様の魔法が効かないはずがないじゃない!!」
キャスは再び炎の魔法を発動させる。その炎はまたしても一瞬でかき消されたが、かき消した骸骨兵の動きは明らかに鈍っていた。
「これなら僕でも!」
二体ほど動きが鈍っているとはいえ、ナインは五体の骸骨兵たちの大剣を見事に防ぎきってみせる。
盾を構え相手の前進を防ぐことだけに集中する。
その間に、キャスは次なる魔法を完成させる。
「やあぁぁぁ!!」
炎で形成された球状の弾が、次々と骸骨兵たちを襲う。
骸骨兵の一体が、バラバラと声も上げずに崩れ落ちた。
「よし!」
キャスは小さくガッツポーズを決める。
作品名:君にこの声がとどくように 作家名:村崎右近