君にこの声がとどくように
「よくもキャスを!!」
腰の剣に手をかけたナインを、クオンが押さえつける。
「さぁ、誰から相手をしてもらえるのかな?」
身に纏う漆黒の妖気の向こうに、わずかに表情が見て取れた。
黒騎士は余裕の笑みを浮かべていた。
「黒騎士殿。一騎打ちを望むと言いながら、この不意打ちはどういうことだ」
馬に乗っている黒騎士を見上げ、クオンが問う。
「その魔術師殿は、一騎打ちには不向き故に」
「もう一つ問う、この修道院を襲撃した理由は如何に?」
「強き者を求めた」
「なるほど、一つだけ分かった。貴様は許せんということだ!!」
クオンは剣を抜き、ナインから離れた。
「ほほう、お主が相手をしてくれるのか。名は?」
黒騎士は馬を降り、二メートルはあろうかという巨大な剣を構えた。
「エルセント聖教会 聖騎士ニアライト・クオン! 参る!」
* * *
クオンとルドラの一騎打ちは熾烈を極めた。
だが、ルドラにはまだ戦いを愉しむ余裕があった。
「シッ!!」
ルドラの一撃を盾で受け流しつつ、鋭い突きを放つ。
ルドラはその突きを回避できないとみると、剣の刃を回転させ、剣の腹で盾ごとクオンをなぎ払う。クオンは地面を転がりその衝撃を逃がすが、完全には勢いを殺しきれない。ルドラの一撃の威力は、骸骨兵の倍はある。
クオンが突いたルドラのわき腹からは、黒い煙が立ち上っていた。
「いいぞ! もっと愉しませてもらおうか!」
―― 強い!!
クオンの目算では、三人掛かりで五分というところだった。
傍で見ているキースもソロンも、びっしり汗を掻いている。
戦いが続くにつれて、クオンの剣に疲れが見え始め、互角に打ち合うことも難しくなってきた。
盾ごと蹴り飛ばされ、クオンは並木に背中を打ち付けた。その衝撃で、持っていた剣を取りこぼしてしまう。
肩で大きく呼吸するクオンと、それを見下ろす黒騎士。
勝敗は誰の目から見ても明らかなものとなった。
しかし、クオンは待っていた。ルドラがトドメを刺そうと剣を振り上げる瞬間を。その瞬間こそ、最後のチャンスだったのだ。
「よい勝負であった」
ルドラが剣を振り上げる。
頭上に高々と掲げられてもなお、その大剣はキラリとも光りはしない。ただそこに闇がある。その主張が曲がることはなかった。
クオンが動く。
盾を捨て、腰に帯びていた二本の短剣を引き抜き、ルドラの懐に飛び込む。剣を奪ったことで油断していたルドラは、反応が一瞬遅れる。
「闇の騎士に神の愛を!!」
クオンは渾身の一撃を放つ。ルドラの身体に、聖なる十字架を刻みこんだのだ。
クオンが使ったものは、刀身に聖印が刻まれた短剣だ。斬りつけることで対象の身体に聖印を読み込ませる。それは闇の眷属にとって鋼の剣よりも脅威となるものだ。
「ぐああぁぁぁぁ!!」
ルドラは苦痛の叫びをあげる。
クオンは膝を突きながらもなんとか姿勢を維持していた。
聖騎士たちは皆、その胸のロザリオを握りしめ、祈りを捧げた。
だがルドラは、刻まれた聖印と十字架の力にも耐え切った。さすがに効いたらしく、身に纏っていた炎のような妖気が消えかけている。
「そんな力を残していたとはな、だがこれで終わりだ!」
ルドラは今度こそトドメを刺そうと、慎重に剣を構えた。
「させるかーー!!」
ナインが後ろからルドラに切り掛かった。
ルドラは振り向きざまに横なぎの一撃を放ち、ナインを弾き飛ばす。
「一騎打ちの邪魔をするとは!?」
弾かれたようにキースとソロンが飛び出す。
「助太刀御免っ!!」
「多勢に無勢で申し訳ないが!!」
「邪魔をするなぁ!!」
ルドラは多数の骸骨兵を召喚する。
キースの突き出した切っ先は、あと少しというところで骸骨兵に阻まれた。
精も根も尽き果てたクオンは、骸骨兵を掻き分けて近づいてくる男たち、キース、ソロン、ナインを順に見て、にっと笑った。
[神よ! 自ら身体を傷つける罪を許したまえ! 願わくば、不浄なる魂に神の愛を! 我が魂の代償をもち、永遠なる安らぎの地へいざないたまえ!!]
辺り一面が一瞬にしてまばゆい光に包まれる。
骸骨兵たちは光に触れた瞬間に跡形もなく消え去っていった。
あまりにも神聖すぎるその光は人間の動きも制限してしまう。たとえ聖騎士であっても、である。心にあるわずかな闇さえも、浄化の対象になるのだ。
ルドラは苦痛の叫びをあげながらも、その命を奪おうと剣を構える。
―― さぁ、来い
この術は『術者の死』によって真の完成をみる。キースもソロンもそのことを知っている。だが、この光の中では人間も動くことはできなくなる。
誰も止めることはできない。
「やめろーー!!」
……はずだった。
キースもソロンも動くことができない光の中、ナインは動いた。
純粋な父親への愛で。
だがその声は、皮肉にもクオンの心に迷いを生んでしまった。
―― ナイン……俺はダメな父親だったな
心残り。それは現世への未練。
その迷いは、聖なる十字架の結界を緩めてしまった。
ルドラはその一瞬を見逃さず、意識の外へと転移する。
消え去るルドラをみて、その場にいた誰もが倒したのだと思った。
ルドラはその様子を遠くから悔しそうに睨むと、馬にまたがり踵を返した。
「勝負は預けておくぞ」
双方ともに戦う力など残っていなかったのだ。
* * *
「父上ー!!」
ナインは崩れ落ちるクオンを抱きかかえた。クオンの顔に生気はない。
脇を突いた際に立ち上っていた黒い煙は、相手が人外の存在であることクオンに教えた。闇の魔物であれば、魂を神に捧げることで浄化することができる。つまり、その術を使ったクオンの魂は、神の元へと召されるのだ。
「ナイン……父上には……極秘任務で旅に出た……と……」
「分かりました!!」
「キース、ソロン……先に行ってるぞ……お前たちはゆっくり来いよ……」
「待ち疲れさせてやるよ」
「あぁ。そうさせてもらう」
クオンの口元がわずかに歪む。もう笑う力さえも残っていない。
「ナイン……おま……」
クオンは、ついに声を発することもできなくなった。まぶたがゆっくりと閉じられていき、全身から力が抜け落ちる。
そのあとに吐き出された息は、二度と吸われることはなかった。
聖騎士ニアライト・クオンは、義理の息子ナインと長年の仲間である二人の聖騎士に見守られ、永遠の眠りについた。
クオンは最後にこう言うつもりだった。
『お前は俺の、自慢の息子だ』と。
腰の剣に手をかけたナインを、クオンが押さえつける。
「さぁ、誰から相手をしてもらえるのかな?」
身に纏う漆黒の妖気の向こうに、わずかに表情が見て取れた。
黒騎士は余裕の笑みを浮かべていた。
「黒騎士殿。一騎打ちを望むと言いながら、この不意打ちはどういうことだ」
馬に乗っている黒騎士を見上げ、クオンが問う。
「その魔術師殿は、一騎打ちには不向き故に」
「もう一つ問う、この修道院を襲撃した理由は如何に?」
「強き者を求めた」
「なるほど、一つだけ分かった。貴様は許せんということだ!!」
クオンは剣を抜き、ナインから離れた。
「ほほう、お主が相手をしてくれるのか。名は?」
黒騎士は馬を降り、二メートルはあろうかという巨大な剣を構えた。
「エルセント聖教会 聖騎士ニアライト・クオン! 参る!」
* * *
クオンとルドラの一騎打ちは熾烈を極めた。
だが、ルドラにはまだ戦いを愉しむ余裕があった。
「シッ!!」
ルドラの一撃を盾で受け流しつつ、鋭い突きを放つ。
ルドラはその突きを回避できないとみると、剣の刃を回転させ、剣の腹で盾ごとクオンをなぎ払う。クオンは地面を転がりその衝撃を逃がすが、完全には勢いを殺しきれない。ルドラの一撃の威力は、骸骨兵の倍はある。
クオンが突いたルドラのわき腹からは、黒い煙が立ち上っていた。
「いいぞ! もっと愉しませてもらおうか!」
―― 強い!!
クオンの目算では、三人掛かりで五分というところだった。
傍で見ているキースもソロンも、びっしり汗を掻いている。
戦いが続くにつれて、クオンの剣に疲れが見え始め、互角に打ち合うことも難しくなってきた。
盾ごと蹴り飛ばされ、クオンは並木に背中を打ち付けた。その衝撃で、持っていた剣を取りこぼしてしまう。
肩で大きく呼吸するクオンと、それを見下ろす黒騎士。
勝敗は誰の目から見ても明らかなものとなった。
しかし、クオンは待っていた。ルドラがトドメを刺そうと剣を振り上げる瞬間を。その瞬間こそ、最後のチャンスだったのだ。
「よい勝負であった」
ルドラが剣を振り上げる。
頭上に高々と掲げられてもなお、その大剣はキラリとも光りはしない。ただそこに闇がある。その主張が曲がることはなかった。
クオンが動く。
盾を捨て、腰に帯びていた二本の短剣を引き抜き、ルドラの懐に飛び込む。剣を奪ったことで油断していたルドラは、反応が一瞬遅れる。
「闇の騎士に神の愛を!!」
クオンは渾身の一撃を放つ。ルドラの身体に、聖なる十字架を刻みこんだのだ。
クオンが使ったものは、刀身に聖印が刻まれた短剣だ。斬りつけることで対象の身体に聖印を読み込ませる。それは闇の眷属にとって鋼の剣よりも脅威となるものだ。
「ぐああぁぁぁぁ!!」
ルドラは苦痛の叫びをあげる。
クオンは膝を突きながらもなんとか姿勢を維持していた。
聖騎士たちは皆、その胸のロザリオを握りしめ、祈りを捧げた。
だがルドラは、刻まれた聖印と十字架の力にも耐え切った。さすがに効いたらしく、身に纏っていた炎のような妖気が消えかけている。
「そんな力を残していたとはな、だがこれで終わりだ!」
ルドラは今度こそトドメを刺そうと、慎重に剣を構えた。
「させるかーー!!」
ナインが後ろからルドラに切り掛かった。
ルドラは振り向きざまに横なぎの一撃を放ち、ナインを弾き飛ばす。
「一騎打ちの邪魔をするとは!?」
弾かれたようにキースとソロンが飛び出す。
「助太刀御免っ!!」
「多勢に無勢で申し訳ないが!!」
「邪魔をするなぁ!!」
ルドラは多数の骸骨兵を召喚する。
キースの突き出した切っ先は、あと少しというところで骸骨兵に阻まれた。
精も根も尽き果てたクオンは、骸骨兵を掻き分けて近づいてくる男たち、キース、ソロン、ナインを順に見て、にっと笑った。
[神よ! 自ら身体を傷つける罪を許したまえ! 願わくば、不浄なる魂に神の愛を! 我が魂の代償をもち、永遠なる安らぎの地へいざないたまえ!!]
辺り一面が一瞬にしてまばゆい光に包まれる。
骸骨兵たちは光に触れた瞬間に跡形もなく消え去っていった。
あまりにも神聖すぎるその光は人間の動きも制限してしまう。たとえ聖騎士であっても、である。心にあるわずかな闇さえも、浄化の対象になるのだ。
ルドラは苦痛の叫びをあげながらも、その命を奪おうと剣を構える。
―― さぁ、来い
この術は『術者の死』によって真の完成をみる。キースもソロンもそのことを知っている。だが、この光の中では人間も動くことはできなくなる。
誰も止めることはできない。
「やめろーー!!」
……はずだった。
キースもソロンも動くことができない光の中、ナインは動いた。
純粋な父親への愛で。
だがその声は、皮肉にもクオンの心に迷いを生んでしまった。
―― ナイン……俺はダメな父親だったな
心残り。それは現世への未練。
その迷いは、聖なる十字架の結界を緩めてしまった。
ルドラはその一瞬を見逃さず、意識の外へと転移する。
消え去るルドラをみて、その場にいた誰もが倒したのだと思った。
ルドラはその様子を遠くから悔しそうに睨むと、馬にまたがり踵を返した。
「勝負は預けておくぞ」
双方ともに戦う力など残っていなかったのだ。
* * *
「父上ー!!」
ナインは崩れ落ちるクオンを抱きかかえた。クオンの顔に生気はない。
脇を突いた際に立ち上っていた黒い煙は、相手が人外の存在であることクオンに教えた。闇の魔物であれば、魂を神に捧げることで浄化することができる。つまり、その術を使ったクオンの魂は、神の元へと召されるのだ。
「ナイン……父上には……極秘任務で旅に出た……と……」
「分かりました!!」
「キース、ソロン……先に行ってるぞ……お前たちはゆっくり来いよ……」
「待ち疲れさせてやるよ」
「あぁ。そうさせてもらう」
クオンの口元がわずかに歪む。もう笑う力さえも残っていない。
「ナイン……おま……」
クオンは、ついに声を発することもできなくなった。まぶたがゆっくりと閉じられていき、全身から力が抜け落ちる。
そのあとに吐き出された息は、二度と吸われることはなかった。
聖騎士ニアライト・クオンは、義理の息子ナインと長年の仲間である二人の聖騎士に見守られ、永遠の眠りについた。
クオンは最後にこう言うつもりだった。
『お前は俺の、自慢の息子だ』と。
作品名:君にこの声がとどくように 作家名:村崎右近