君にこの声がとどくように
* * *
ナインは聖騎士見習いとして宿舎に寝泊りしている。
聖騎士見習いといっても、つまるところは雑用係である。多くの聖騎士は、クオンと同じく貴族の息子たちであるため、宿舎を利用する者は少ない。その為、空き部屋のほうが多いのが現状だ。
巡礼でやってきた者たちを泊めるために使われることもあるが、それでもここ数年は、すべての部屋が埋まることはなかった。
ナインは与えられている自分の部屋に戻った。
今頃はクオンの部屋で大司教様に直接賜ったという任務の計画を練っているに違いない。
ナインはクオンの任務に付いて行くことでわずかでも多くの経験を積み、早く一人前の聖騎士となってクオンの力になりたいと考えていた。
前回の任務ではナインは活躍はしなかった。だが、その分失敗もしなかったはずなのだ。自分にできる限りのことを、できる範囲で確実にやった。
エルセント騎士団に所属している聖騎士とエルセント聖教会に所属している聖騎士とでは、基本的に役割が異なる。騎士団は王都近辺の治安維持を目的として巡回の日々を送っているのだが、聖教会の聖騎士たちは、名目上の『騎士』である者が多いため、大人数で行う任務は滅多にない。
貴族たちの良からぬ企みを未然に防ぐのが主な仕事であるが、その任務を受けるのが貴族の子供たちなのだから、始末が悪い。
その中でも、クオン、キース。ソロンの三人は大司教の覚えも良く、今回のように直接任務を受けることが度々あった。そのすべては極秘扱いのため、いくらこなしても評価には繋がらない。だからこそ、クオンもキースもソロンもその任務に尽力している。
ナインはそんな三人を尊敬し、憧れ、自分も聖騎士になりたいと思うようになったのだ。
コンコン。
『窓』を叩く音がした。
窓の外には、銀色の長い髪を二つに結んだ、若い少女が立っていた。
その銀色の髪は、見る者を虜にする輝きを放ち、やや暗いブルーの瞳は、見つめる者をどこまでも引き込んでゆく。
透き通るような白い肌は、どんな貴族の娘たちも持っていない。
どこかに幼さを残しながらも綺麗に整っているその顔立ちは、『幼さと美しさ』という相反する性質を絶妙なバランスで共存させていた。
一言で形容するならば、おとぎ話に出てくるお姫様。
髪が金色ではなく銀色であることを除けば、まさにそれである。
ナインは窓を叩いた主を確認すると、窓を開け手を伸ばした。
「なに辛気臭い顔してたのよ」
「放っておいてくれよ、キャス」
ナインはキャスの腕を掴み、ぐいと部屋の中へと引き上げた。
窓の位置が高いため、独力では這い上がれないのだ。
「もー、相変わらずきったない部屋ねぇ。色気も何もあったもんじゃないわ」
キャスは部屋を見渡してそう言った。
その話し方は外見から想像できない。『お姫様』というイメージは、彼女が口を開いた瞬間に脆くも崩れ去る。しかしそれもまた彼女の魅力の一つなのだ。
「相変わらずって、前に来てから三日も経ってないじゃないか。それに、僕の部屋に色気なんか必要ないでしょ?」
ずびしっ!!
ナインの頭に空手チョップが炸裂する。
キャスとナインの身長差はほとんどない。ナインが低いのではなく、キャスの身長が高いのだ。
「口ごたえするなっ!」
「あうぅ……痛いよ」
ナインは理不尽な攻撃に抗議する。
「……で、どうしたの? 困り事なら、このキャス様が力になってあげてもいいわよ?」
キャスはナインの抗議をさらりと流した。
「キャスに話してもどうにもならないよ……」
「だあぁぁぁ!! 辛気臭い!! うじうじすんな!! まずは話せ! それから、どうするかはあたしが考える!! さぁ、話せ! 話すのだ!! さぁ! さぁ!」
「キャス、言ってることが滅茶苦茶だよ」
ずびしっ!!
ナインの頭に、再び空手チョップが炸裂する。
「口ごたえするなっ!」
彼女の名はミース・T・キャロライナ。Tはトゥワイスだ。
キャスというのはいわゆる愛称で、彼女もクオンに救われた孤児の一人であり、ナインよりも二つほど年上だった。尤も、ナインの年齢は大雑把な推測でつけられているので、実際のところは定かではない。
彼女はその魔術の才能から将来を嘱望され、先日『魔術師』と称することを許されたばかりだ。ゆくゆくは王都エルセント魔術協会の一角を担うのではないかと囁かれている。
しかし、キャス本人にとっては『そんなこと』はどうでもよかった。
彼女に必要なのは魔術を扱えるこの力だけ。この力があれば、どんなときも愛する男の傍にいられるのだから。
「よし、キャス様から直々にこれをやろう」
そう言って犬のぬいぐるみを取り出したキャスは、勝手に棚の本をどかしてそこに置いた。
「これでこの部屋も、少しはカワイクなるわよ」
キャスは満足気にうんうんと頷いた。
「それじゃ、あたしはこのへんでっ」
キャスはドアを開けて、そそくさと外に出ようとした。
キャスがここ聖騎士宿舎を訪れるのは、クオンに会うためだ。
ナインの部屋から出入りするのは、面会を申し込む手間が面倒だし、なによりも、会いに来たことを先に知られるのは楽しくないからだ。
突然押しかけてびっくりさせるのが、キャスには楽しくてしょうがないのだ。
「まって。今クオンは打ち合わせ中だから、邪魔しちゃダメだよ」
「えー!! 今日、ていうかさっき帰ってきたばかりなのにぃ?」
「うん。大司教様から与えられた任務なんだってさ」
ナインは伏し目がちに言った。
その様子を見て、キャスはにやりと笑った。
「アンタ、今回は連れて行ってもらえないんだ? だから落ち込んでたのね。大丈夫よ、アンタの分まであたしが手伝って来てあげるからさ」
部屋のドアが不意に開く。
「残念だがそうはいかん。キャス、今回はお前も連れて行くわけにはいかない」
入ってきたのはクオンだった。
* * *
「む〜」
キャスは膨れていた。
キャスを送り届けるようにクオンに言われ、家まで送っている最中であるナインも、同じ気持ちだったから、慰めることができないでいた。
「ナットクできなーーい!! ナインはともかく、なんであたしも一緒にいけないの!!」
キャスは吼える。
ナインはいろいろと言いたいこともあったが、『自分やキャスを連れて行けない理由』のほうが気になっていた。
「……絶対に付いて行ってやるんだから」
「キャス、ソレはダメだよ」
ナインは意味がないと知りながらもキャスを止める。
「アンタはどうするの? 行くの? 行かないの?」
案の定、キャスは『自分が行かない』という選択肢を持ってさえもいない。
ナインは考えた。
自分たち二人を連れて行かないのは、前回よりもさらに危険な任務だからに違いない。それが分かっていたとしても、危険が増せば増すほど、キャスは一緒に行きたがるだろう。
彼女は自分の魔術がクオンたちの役に立つことを知っていて、その自信も持っている。実際、彼女の魔術があるのとないのとでは、生還率は大きく変わる。
だがそれは、言い換えればキャスの身を多大な危険に晒すということだ。
―― 僕はどうなのだろう?
ナインは聖騎士見習いとして宿舎に寝泊りしている。
聖騎士見習いといっても、つまるところは雑用係である。多くの聖騎士は、クオンと同じく貴族の息子たちであるため、宿舎を利用する者は少ない。その為、空き部屋のほうが多いのが現状だ。
巡礼でやってきた者たちを泊めるために使われることもあるが、それでもここ数年は、すべての部屋が埋まることはなかった。
ナインは与えられている自分の部屋に戻った。
今頃はクオンの部屋で大司教様に直接賜ったという任務の計画を練っているに違いない。
ナインはクオンの任務に付いて行くことでわずかでも多くの経験を積み、早く一人前の聖騎士となってクオンの力になりたいと考えていた。
前回の任務ではナインは活躍はしなかった。だが、その分失敗もしなかったはずなのだ。自分にできる限りのことを、できる範囲で確実にやった。
エルセント騎士団に所属している聖騎士とエルセント聖教会に所属している聖騎士とでは、基本的に役割が異なる。騎士団は王都近辺の治安維持を目的として巡回の日々を送っているのだが、聖教会の聖騎士たちは、名目上の『騎士』である者が多いため、大人数で行う任務は滅多にない。
貴族たちの良からぬ企みを未然に防ぐのが主な仕事であるが、その任務を受けるのが貴族の子供たちなのだから、始末が悪い。
その中でも、クオン、キース。ソロンの三人は大司教の覚えも良く、今回のように直接任務を受けることが度々あった。そのすべては極秘扱いのため、いくらこなしても評価には繋がらない。だからこそ、クオンもキースもソロンもその任務に尽力している。
ナインはそんな三人を尊敬し、憧れ、自分も聖騎士になりたいと思うようになったのだ。
コンコン。
『窓』を叩く音がした。
窓の外には、銀色の長い髪を二つに結んだ、若い少女が立っていた。
その銀色の髪は、見る者を虜にする輝きを放ち、やや暗いブルーの瞳は、見つめる者をどこまでも引き込んでゆく。
透き通るような白い肌は、どんな貴族の娘たちも持っていない。
どこかに幼さを残しながらも綺麗に整っているその顔立ちは、『幼さと美しさ』という相反する性質を絶妙なバランスで共存させていた。
一言で形容するならば、おとぎ話に出てくるお姫様。
髪が金色ではなく銀色であることを除けば、まさにそれである。
ナインは窓を叩いた主を確認すると、窓を開け手を伸ばした。
「なに辛気臭い顔してたのよ」
「放っておいてくれよ、キャス」
ナインはキャスの腕を掴み、ぐいと部屋の中へと引き上げた。
窓の位置が高いため、独力では這い上がれないのだ。
「もー、相変わらずきったない部屋ねぇ。色気も何もあったもんじゃないわ」
キャスは部屋を見渡してそう言った。
その話し方は外見から想像できない。『お姫様』というイメージは、彼女が口を開いた瞬間に脆くも崩れ去る。しかしそれもまた彼女の魅力の一つなのだ。
「相変わらずって、前に来てから三日も経ってないじゃないか。それに、僕の部屋に色気なんか必要ないでしょ?」
ずびしっ!!
ナインの頭に空手チョップが炸裂する。
キャスとナインの身長差はほとんどない。ナインが低いのではなく、キャスの身長が高いのだ。
「口ごたえするなっ!」
「あうぅ……痛いよ」
ナインは理不尽な攻撃に抗議する。
「……で、どうしたの? 困り事なら、このキャス様が力になってあげてもいいわよ?」
キャスはナインの抗議をさらりと流した。
「キャスに話してもどうにもならないよ……」
「だあぁぁぁ!! 辛気臭い!! うじうじすんな!! まずは話せ! それから、どうするかはあたしが考える!! さぁ、話せ! 話すのだ!! さぁ! さぁ!」
「キャス、言ってることが滅茶苦茶だよ」
ずびしっ!!
ナインの頭に、再び空手チョップが炸裂する。
「口ごたえするなっ!」
彼女の名はミース・T・キャロライナ。Tはトゥワイスだ。
キャスというのはいわゆる愛称で、彼女もクオンに救われた孤児の一人であり、ナインよりも二つほど年上だった。尤も、ナインの年齢は大雑把な推測でつけられているので、実際のところは定かではない。
彼女はその魔術の才能から将来を嘱望され、先日『魔術師』と称することを許されたばかりだ。ゆくゆくは王都エルセント魔術協会の一角を担うのではないかと囁かれている。
しかし、キャス本人にとっては『そんなこと』はどうでもよかった。
彼女に必要なのは魔術を扱えるこの力だけ。この力があれば、どんなときも愛する男の傍にいられるのだから。
「よし、キャス様から直々にこれをやろう」
そう言って犬のぬいぐるみを取り出したキャスは、勝手に棚の本をどかしてそこに置いた。
「これでこの部屋も、少しはカワイクなるわよ」
キャスは満足気にうんうんと頷いた。
「それじゃ、あたしはこのへんでっ」
キャスはドアを開けて、そそくさと外に出ようとした。
キャスがここ聖騎士宿舎を訪れるのは、クオンに会うためだ。
ナインの部屋から出入りするのは、面会を申し込む手間が面倒だし、なによりも、会いに来たことを先に知られるのは楽しくないからだ。
突然押しかけてびっくりさせるのが、キャスには楽しくてしょうがないのだ。
「まって。今クオンは打ち合わせ中だから、邪魔しちゃダメだよ」
「えー!! 今日、ていうかさっき帰ってきたばかりなのにぃ?」
「うん。大司教様から与えられた任務なんだってさ」
ナインは伏し目がちに言った。
その様子を見て、キャスはにやりと笑った。
「アンタ、今回は連れて行ってもらえないんだ? だから落ち込んでたのね。大丈夫よ、アンタの分まであたしが手伝って来てあげるからさ」
部屋のドアが不意に開く。
「残念だがそうはいかん。キャス、今回はお前も連れて行くわけにはいかない」
入ってきたのはクオンだった。
* * *
「む〜」
キャスは膨れていた。
キャスを送り届けるようにクオンに言われ、家まで送っている最中であるナインも、同じ気持ちだったから、慰めることができないでいた。
「ナットクできなーーい!! ナインはともかく、なんであたしも一緒にいけないの!!」
キャスは吼える。
ナインはいろいろと言いたいこともあったが、『自分やキャスを連れて行けない理由』のほうが気になっていた。
「……絶対に付いて行ってやるんだから」
「キャス、ソレはダメだよ」
ナインは意味がないと知りながらもキャスを止める。
「アンタはどうするの? 行くの? 行かないの?」
案の定、キャスは『自分が行かない』という選択肢を持ってさえもいない。
ナインは考えた。
自分たち二人を連れて行かないのは、前回よりもさらに危険な任務だからに違いない。それが分かっていたとしても、危険が増せば増すほど、キャスは一緒に行きたがるだろう。
彼女は自分の魔術がクオンたちの役に立つことを知っていて、その自信も持っている。実際、彼女の魔術があるのとないのとでは、生還率は大きく変わる。
だがそれは、言い換えればキャスの身を多大な危険に晒すということだ。
―― 僕はどうなのだろう?
作品名:君にこの声がとどくように 作家名:村崎右近