君にこの声がとどくように
ルドラの攻撃は、剣の大きさからは予想できないほどの速度で繰り出される。
さらにその一撃は、巨大さに見合った重さをも兼ね備えていた。
しかし。
ナインはそれらをすべて防ぎ切る。
小刻みに間合いをずらし、相手に的を絞らせず、渾身の一撃を打たせない。
それは二メートルの大男の戦い方ではないが、ナインはこの戦い方しか知らない。
―― 一人では何もできない自分でいたかった。
―― 背中に共に歩む人の存在を感じていたかった。
ルドラの大上段からの撃ち下ろしを右方向へ転がり回避する。
―― 仲間がいること。
―― それが『僕』の強さだった。
ルドラは地面に埋もれた切っ先を強引に抜き、そのまま横薙ぎの一撃を放つ。
「僕に剣を使う才能はない……けど!!」
ナインは前方に飛び込み、ルドラの“腕”を盾で抑え、攻撃を未然に防ぐ。そして、離れ際に右手の剣を全力で突き出す。
その切っ先はルドラの脇腹を切り裂いた。奇しくも、ミンミ修道院でクオンが突いた場所だ。
黒い煙が立ち昇る。
「クックック……」
ルドラは構えを解き、笑い出した。
笑い声に呼応したかのように、無数の骸骨兵が召喚される。
「さて、その剣を渡してもらおうか」
「なんだと?」
唐突なルドラの提案に、ナインは困惑する。
「お主を含めたこの村の人間どもを生かしておいてやる。悪い条件ではないだろう」
「キャスを元に戻せ! 一年前、その剣で心を壊した魔術師だ!」
「はて? そのようなこともあったかもしれんな。しかし、その提案は受け入れられぬ。……が、元に戻す方法ならば、教えてやらんでもない。それはこの黒剣を破壊することだ。つまり、不可能ということだ」
「ふざけるな!」
ナインはルドラに斬り掛かった。
風が左から右へと吹き抜ける。
それはルドラの黒剣が通り過ぎることで起きた風だった。ナインにはその動きを捉えることができなかったのだ。
「手加減をしていた。その剣が本物かどうか確かめるためにな」
そう言って、ナインが突いた脇腹を指差す。
「その剣は祝福を受けた神鉄から打ち出されたもの。いわゆる聖剣と呼ばれる類のものなのだ。それは我らに抗することができる数少ない貴重なものなのだ。我らは本来ならばこの程度の村は一瞬で灰にできる。しかし、その剣の存在によって我らの力は著しく封じられてしまうのだ」
「それでこの剣を破壊するのか」
「違う」
「なんだと?」
「我は強くなりすぎたのだ」
ルドラは黒剣を地面に突き刺した。
「我と互角に剣を交えることができる存在は、この世界に数えるほどしかおらぬ。それほどの猛者とは早々戦えるものではない。我が望む一騎打ちなど受けてくれようはずもない。
我が望むは心躍る戦い。互いに命を賭した戦いぞ。
我は弱者をいたぶる趣味は持ち合わせておらぬ。故に、無駄に命を奪うこともせぬ。強きを求め、戦いに興じるのみ。
我がその剣を持ち、我自身の力を抑えれば、より多くの戦いを愉しむことができようというもの」
「そんなことのために!」
「ならば、力づくで奪うまで」
ナインの視界からルドラが消える。
「そん……な……」
「ここまでだ」
ルドラの黒剣がナインの胸を貫いた。
* * *
時が止まる。
風の音さえも止み、真なる静寂に包まれ何も聞こえない。
視界には、ただ漆黒。
漆黒から真っ直ぐに伸びる『黒』。記憶にある『黒』の長さを思えば、胸を貫通して余りある。
身体は動かず、首も眼球も動きはしない。目視で確認できないが、『黒』は確実に身体を貫いている。
貫かれているというのに、何も感じられない。
熱く冷たく硬く軟く重く軽く痛く優しい。
しかし、何も感じない。
湧き出た感情、与えられた刺激、反応。本来ならば身体の内より生まれ体内を巡るはずのそれらすべてが、体内を巡ることなく『黒』に向かって行く。
身体の内側から薄皮一枚ずつ捲られて行く。
吸い寄せられ、吸い込まれる。そんな生易しいものではない。
奪われる。
抗することもなく、気付くこともなく。それが当然であるように。
『黒』にすべてを奪われる。
そんな警鐘さえも奪われてしまう状況で、たった一つ増えたものがあった。
灰と黒と漆黒のみしか存在し得なかった視界に、一筋の『銀』が割って入る。
『銀』は真っ直ぐに漆黒へと向かう。
長い長い一瞬を越えたその後、『銀』を動かしているのが自分の右腕だと知る。
「そん……な……」
驚嘆の声を発したのはルドラだった。
ナインは胸を貫かれながらも瞬時に右手を動かし、ルドラの身体を貫いたのだ。
見た目には相打ち。
しかし、心を奪おうとして振るわれた黒剣には実体がなく、ナインの身体に外傷はない。
対するルドラは、自身を滅する力を有した剣で身体を貫かれている。いわば致死性の猛毒が塗られているようなものだ。
ルドラにナインの心を奪う暇などない。
「ここまでだ」
それはナインの言葉ではなかった。もちろん、ルドラの言葉でもない。
その声は聖騎士ニアライト・クオンのものだ。あの瞬間、右手を動かしたのはナインではなかったのだ。
ルドラの身体に大きな亀裂が走り、ルドラは身を仰け反らせて苦しみに悶え出す。
「ヤツの力の源は黒剣だ。実体化する前に貫け」
「ク、クオン?」
ナインは自身の内にクオンの存在を感じ、その名を呼ぶ。だが、返事を待つ前にやるべきことがあると重々承知している。
ナインはルドラの身体から剣を引き抜き、自身の身体を貫く黒剣の鍔元を狙い、その切っ先を突き出した。
ルドラの身体に続き、黒剣にも亀裂が走る。亀裂の数が増える度に、ナインに音と光が戻っていった。
程なく黒剣は粉々に砕け、いくつもの光の筋を空へと飛ばしながら完全に消滅した。召喚されていた骸骨兵たちもすべて土へと還り、残るはルドラのみとなった。
そのルドラには、炎のような妖気は見る影もなく、微塵の恐怖も抱くことはない。
「見事だ」
ルドラは、全身を光の亀裂に蝕まれながらも膝を折ることなく、背筋を伸ばし胸を張った姿勢で、威風堂々としていた。
そこにいるのは気高く高潔な騎士の姿であった。
「我は黒炎の騎士が一人、ルドラ。千年の時を越え、ようやくこの時を迎えることができた。礼を言う。若き騎士よ」
そこまで言うと、風景に溶け込むようにして消えていった。
さらにその一撃は、巨大さに見合った重さをも兼ね備えていた。
しかし。
ナインはそれらをすべて防ぎ切る。
小刻みに間合いをずらし、相手に的を絞らせず、渾身の一撃を打たせない。
それは二メートルの大男の戦い方ではないが、ナインはこの戦い方しか知らない。
―― 一人では何もできない自分でいたかった。
―― 背中に共に歩む人の存在を感じていたかった。
ルドラの大上段からの撃ち下ろしを右方向へ転がり回避する。
―― 仲間がいること。
―― それが『僕』の強さだった。
ルドラは地面に埋もれた切っ先を強引に抜き、そのまま横薙ぎの一撃を放つ。
「僕に剣を使う才能はない……けど!!」
ナインは前方に飛び込み、ルドラの“腕”を盾で抑え、攻撃を未然に防ぐ。そして、離れ際に右手の剣を全力で突き出す。
その切っ先はルドラの脇腹を切り裂いた。奇しくも、ミンミ修道院でクオンが突いた場所だ。
黒い煙が立ち昇る。
「クックック……」
ルドラは構えを解き、笑い出した。
笑い声に呼応したかのように、無数の骸骨兵が召喚される。
「さて、その剣を渡してもらおうか」
「なんだと?」
唐突なルドラの提案に、ナインは困惑する。
「お主を含めたこの村の人間どもを生かしておいてやる。悪い条件ではないだろう」
「キャスを元に戻せ! 一年前、その剣で心を壊した魔術師だ!」
「はて? そのようなこともあったかもしれんな。しかし、その提案は受け入れられぬ。……が、元に戻す方法ならば、教えてやらんでもない。それはこの黒剣を破壊することだ。つまり、不可能ということだ」
「ふざけるな!」
ナインはルドラに斬り掛かった。
風が左から右へと吹き抜ける。
それはルドラの黒剣が通り過ぎることで起きた風だった。ナインにはその動きを捉えることができなかったのだ。
「手加減をしていた。その剣が本物かどうか確かめるためにな」
そう言って、ナインが突いた脇腹を指差す。
「その剣は祝福を受けた神鉄から打ち出されたもの。いわゆる聖剣と呼ばれる類のものなのだ。それは我らに抗することができる数少ない貴重なものなのだ。我らは本来ならばこの程度の村は一瞬で灰にできる。しかし、その剣の存在によって我らの力は著しく封じられてしまうのだ」
「それでこの剣を破壊するのか」
「違う」
「なんだと?」
「我は強くなりすぎたのだ」
ルドラは黒剣を地面に突き刺した。
「我と互角に剣を交えることができる存在は、この世界に数えるほどしかおらぬ。それほどの猛者とは早々戦えるものではない。我が望む一騎打ちなど受けてくれようはずもない。
我が望むは心躍る戦い。互いに命を賭した戦いぞ。
我は弱者をいたぶる趣味は持ち合わせておらぬ。故に、無駄に命を奪うこともせぬ。強きを求め、戦いに興じるのみ。
我がその剣を持ち、我自身の力を抑えれば、より多くの戦いを愉しむことができようというもの」
「そんなことのために!」
「ならば、力づくで奪うまで」
ナインの視界からルドラが消える。
「そん……な……」
「ここまでだ」
ルドラの黒剣がナインの胸を貫いた。
* * *
時が止まる。
風の音さえも止み、真なる静寂に包まれ何も聞こえない。
視界には、ただ漆黒。
漆黒から真っ直ぐに伸びる『黒』。記憶にある『黒』の長さを思えば、胸を貫通して余りある。
身体は動かず、首も眼球も動きはしない。目視で確認できないが、『黒』は確実に身体を貫いている。
貫かれているというのに、何も感じられない。
熱く冷たく硬く軟く重く軽く痛く優しい。
しかし、何も感じない。
湧き出た感情、与えられた刺激、反応。本来ならば身体の内より生まれ体内を巡るはずのそれらすべてが、体内を巡ることなく『黒』に向かって行く。
身体の内側から薄皮一枚ずつ捲られて行く。
吸い寄せられ、吸い込まれる。そんな生易しいものではない。
奪われる。
抗することもなく、気付くこともなく。それが当然であるように。
『黒』にすべてを奪われる。
そんな警鐘さえも奪われてしまう状況で、たった一つ増えたものがあった。
灰と黒と漆黒のみしか存在し得なかった視界に、一筋の『銀』が割って入る。
『銀』は真っ直ぐに漆黒へと向かう。
長い長い一瞬を越えたその後、『銀』を動かしているのが自分の右腕だと知る。
「そん……な……」
驚嘆の声を発したのはルドラだった。
ナインは胸を貫かれながらも瞬時に右手を動かし、ルドラの身体を貫いたのだ。
見た目には相打ち。
しかし、心を奪おうとして振るわれた黒剣には実体がなく、ナインの身体に外傷はない。
対するルドラは、自身を滅する力を有した剣で身体を貫かれている。いわば致死性の猛毒が塗られているようなものだ。
ルドラにナインの心を奪う暇などない。
「ここまでだ」
それはナインの言葉ではなかった。もちろん、ルドラの言葉でもない。
その声は聖騎士ニアライト・クオンのものだ。あの瞬間、右手を動かしたのはナインではなかったのだ。
ルドラの身体に大きな亀裂が走り、ルドラは身を仰け反らせて苦しみに悶え出す。
「ヤツの力の源は黒剣だ。実体化する前に貫け」
「ク、クオン?」
ナインは自身の内にクオンの存在を感じ、その名を呼ぶ。だが、返事を待つ前にやるべきことがあると重々承知している。
ナインはルドラの身体から剣を引き抜き、自身の身体を貫く黒剣の鍔元を狙い、その切っ先を突き出した。
ルドラの身体に続き、黒剣にも亀裂が走る。亀裂の数が増える度に、ナインに音と光が戻っていった。
程なく黒剣は粉々に砕け、いくつもの光の筋を空へと飛ばしながら完全に消滅した。召喚されていた骸骨兵たちもすべて土へと還り、残るはルドラのみとなった。
そのルドラには、炎のような妖気は見る影もなく、微塵の恐怖も抱くことはない。
「見事だ」
ルドラは、全身を光の亀裂に蝕まれながらも膝を折ることなく、背筋を伸ばし胸を張った姿勢で、威風堂々としていた。
そこにいるのは気高く高潔な騎士の姿であった。
「我は黒炎の騎士が一人、ルドラ。千年の時を越え、ようやくこの時を迎えることができた。礼を言う。若き騎士よ」
そこまで言うと、風景に溶け込むようにして消えていった。
作品名:君にこの声がとどくように 作家名:村崎右近