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君にこの声がとどくように

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 星たちが教えてくれたわ、あたしを探してくれてるって。
 風たちが教えてくれたわ、ここで待っていなさいって。
 だからアナタとは行けないわ。
 あたしはここでクオンを待っているの。


 抑揚のない淡々とした口調は、少女の心が未だ壊れたままであることをナインに突き付ける。彼女の時間は、あの日あの時から止まったままだ。
 そして、その瞳はナインを映してはくれない。
「クオン……死んじゃったよ……」
 キャスは再び言葉を放る。
 明らかに矛盾した言葉を、幾度となく放る。
「ううん、クオンは不死身だもの、あれは偽者だったんだわ」
「違うよ…・・・キャス」
「アナタはあたしを騙すつもりね。あたしは騙されない。クオンは生きているわ、死んだのは偽者よ、あたしを騙すアナタが死んだと言うのなら、クオンは生きているわ。そうよ偽者よ。ニセモノだったのよ。アハハハ! よかった!」

 キャスに感情が宿る。
 それは喜び。されど狂気。

「アハハハハハハハハハ!!」

 つまりは狂喜だ。

 キャスはくるりとナインに背を向け、ベッドとテーブルしかない小屋の奥へと歩いてゆく。
 そこでナインは、先ほどの男が見当たらないことに気付いた。
 ナインが立っている唯一の出入り口の傍に一つ窓があるだけで、そこから出入りすれば、扉のすぐ前に立っていたナインが気付かないはずはない。
 小屋の中を見渡せば、男が着ていた服が無造作に床に置かれている。それは落ちているという表現のほうが正しい。
 さらに見れば、似つかわしくない使い込まれた荷袋が置かれていた。
 ゾクリとした悪寒が走る。
 この瞬間ナインの脳裏をよぎったイメージは、悲しくも事実に相違なかった。
「さっきの男は?」
 ナインは恐る恐る口にする。
「クオンの名を騙る偽者は許さないわ」
 キャスは両手を広げて軽やかに反転し、少し遅れて銀の光を放つ髪がキラキラと追従する。その一つ一つの仕草すべてに、いちいち目を奪われてしまう。彼女はそれほどまでに美しい。

「アナタ、だぁれ?」
 ナインの目を見据えるキャスは、誘うように笑った。
「用がないなら出て行って。あたしは知らない人の相手をする趣味はないの」
 笑顔が消え、緊迫した空気が漂い始める。
 ナインに向けられているものは、“一歩でも近づけば攻撃する”という剥き出しの殺気だ。彼女にとっては、クオンと名乗る男以外は何の価値もないのだ。
 ナインは意を決する。
 ―― 確かめなければならない。
 彼女が何をしたのかを、何をしてきたのかを、何をさせられていたのかを。 脳裏をよぎったイメージ。
 クオンと名乗る男の命令にのみ従う娼婦の噂。
 歌で男を呼び寄せ魂を喰らうフロンティアの魔女の噂。
 ―― 確かめなければならない。
 原因を作った者として、守るという誓いを破った男として。
 この名前を騙るのはこれで最後になるという確信を持ち、同時に初めて一縷の後ろめたさも持つことなく、名を告げた。

「俺はニアライト・クオン」

 ニアライト・クオンの名を耳にした途端に、一瞬で歓喜の表情へと塗り換わったキャスは、両手を広げてナインに駆け寄った。
 ナインはそれを手で制す。
「服を脱がないと、何にもできないわ」
「自分で脱ぐよ」
 ナインは鎧を外しに掛かった。
 手甲、肩当て、胸鎧、すね当て、腰当て、胴鎧。
 そこまで外したとき、キャスはもう待ちきれないとばかりにナインに抱きつく。そうして残った服を脱がしに掛かる。
「クオン、やっと来てくれた。ずっとずっと待ってたのよ?」
 キャスの笑顔に、ナインの胸は痛む。目の前にいる少女は、彼の知る少女ではない。

 ―― こんな笑い方をする女の子ではなかった。
 ―― こんな悲しい瞳の女の子ではなかった。

「ごめん、ごめんよ……」
 ナインは居た堪れなくなって、目の前の少女を抱きしめる。
 一度はナインの胸に抱き寄せられた少女は、慣れた調子でその腕と胸からすり抜ける。
 掴むことができないと錯覚してしまうほどに、するり、と。
「クオンは強いよね? 不死身なのよね?」
 彼女の無邪気な笑みが止み、ピリピリとした刺激が全身を襲う。
 ナインは知っている。
 これが魔術を行使するために集めた魔力の影響であることを。
「……だったら、これにも耐えられるよね」
 ナインは知っている。
 これから自分に向けて魔術が放たれるということを。

 少女は魔女になった。

 ―― さぁさ みんなおいで、いっしょに踊ろう

 そして、魔女は謡う――。

 *  *  *

 さぁさ みんなおいで いっしょに謡おう
 さぁさ みんなおいで いっしょに踊ろう

 キャスの歌声が場を支配する。
 いくつもの光球が現れ、彼女の歌声に合わせ踊り狂う。
 先ほどの男はこの光に喰われてしまったのだ、とナインは確信する。
 ―― ずっとこんなことを
 キャスが大聖堂の宿舎から連れ去られてから約一年。
 その間ここでクオンを待ち、訪れたクオンと名乗る男を次々とその手に掛けてきた。現に、ナインの目の前で一人の男が消えてしまっている。
 訪れた人数を考えることは、ナインには恐ろしすぎた。
 ナインが扉を叩いていたとき、微かに漏れ出ていたキャスの声は、この歌声だったのだ。得体の知れぬものが周囲を踊り狂うこの状況で、恐怖に負けずに声を発することができる者は数少ない。
 ナインは妙に納得してしまった。そのおかげで落ち着きを取り戻すことができた。
 二人の距離はわずか三メートル弱。
 場を支配している彼女の歌を止めれば、この状況を切り抜けることができる。それがナインの見出した光明だった。
 だが、現実問題としてナインはたったそれだけの距離すらも進める気がしなかった。
 尾を引いて飛ぶ白い半透明の光球は、数を把握することが困難なほどに増えている。
 くるくると螺旋状に飛んだかと思えば、壁や床に跳ね返り直線状に飛ぶ。その動きはあまりに不規則で、予測することもできない。冷静になったが故に感じ取れてしまった攻撃力の高さ。それは人間の肉体などいとも簡単に貫き、孔を穿つ。
 ナインの身を覆っているものは肌着一枚しかないが、鋼鉄の鎧を身に纏っていたとしても意味はない。物理的な防御力で防ぐことは不可能な類のものだ。
 ナインはくるりと身を翻し、背後の扉へと走り脱出を図った。それは生命維持の本能が命じた急務だった。
 先ほど消されてしまった男の状況とは、決定的に違うものがある。扉にカンヌキが掛けられていないことだ。

 ナインは身体全体で扉を押し開き、外へ飛び出した。