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君にこの声がとどくように

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 未開拓地フロンティア北部に存在する開拓民の村。
 ナインはその中からキャスの居場所を見つけだすことができた。
 ヨーン河とアルザットの砦との間を北へを広がる大森林。フロンティア西部はこの大森林によってほぼ埋め尽くされている。
 北東へと進むにつれ徐々に土地が痩せ細り、粘土質の広大な平野へと変貌する。
 粘土質の土壌では作物が育ちにくく、大人数が定住するための食料を得られないために、平野部への進出は二の足を踏んでいた。
 十年ほど前に地質改良の方法が実用化され、大規模な入植が行われたのだが、三年が経過しても地質は一向に改善されず、入植者の多くが“森を切り開いた方がマシ”として密林に入り、古来の焼畑農法を開始した。
 定住し生産が安定してしまうと、入植特権として免除されていた税金が課せられてしまうため、二年から三年おきに村ごとの引越しを行い、徴税を免れると同時に土地を休ませる期間に充てている。
 その結果、密林の奥には数え切れないほどの村が存在するようになったのである。
 入植者たちが税金を払いたがらないのには、二つの理由がある。
 一つは極めて不純な理由だ。
 単純明快、私腹を肥やす目的、つまりは脱税。
 もう一つの理由は、フロンティアへの入植が奨励された背景に由来している。
 フロンティア入植計画は、王都エルセントに住む王侯貴族たちの援助によって行われたのだが、その理由は『王都とその近辺に貧民が住まうのは、王都の景観を損ねる』という極めて非人道的なものであった。言い換えると『見苦しいからあっちに行け』ということだ。
 フロンティアへの入植者は、そんな一方的な理由で半ば強制的に王都を追い出された人たちが八割を占めている。素直に税金を納めたくないという気持ちも理解できなくもないだろう。

 ナインはフロンティアを旅したことで様々なことを学んだ。それは王都や大聖堂、完成した都市の中では知ることができないものだった。
 その旅の途中で、義父ニアライト・クオンが目指していたものの片鱗を垣間見る。そうして、自分が目指していた背中が、どれだけ大きなものであったのかを知ったのだ。

 それすらも越えて進まねばならない。
 後を継ぐとはそういうことだ。

 そのためにもナインは旅を続けたいと思うようになっていた。

 *  *  *

 ナインは村長の家へと向かい、ニアライトの名を告げると、紫色の目印が付いている小屋に行くように言われた。
 開拓村を練り歩き、青に近い紫の布が巻きつけられた小屋を発見した。布が巻かれていたのは、ネズミ返しを持った高床式建築の支柱の一本だ。
 フロンティア北部の密林は凶暴な魔獣が比較的少なく、注意すべきはヘビやトカゲなどの爬虫類やクモなどの毒を持った昆虫類であり、これらはテリトリーに踏み込みさえしなければ、襲われる心配はそれほど高くない。

 ナインは木製の扉を叩く。
「どうぞ」
 内側から懐かしい声が聞こえてきた。
 忘れはしない、キャスの声そのものだ。
「キャス、やっとみつけた」
 ナインは逸る気持ちを抑え、扉が開かれるのをじっと待つ。
 すると、内側からはもう一人、男の声が聞こえてきた。
「誰だよ?」
「さぁ?」
「あ〜 いいよ、オレが出る」
 ぎしぎしと床板が軋む。
 小屋の奥から歩いてくる気配が伝わってくる。
 きぃと小さな音を立てて開かれた扉からは、小柄で細身の男が姿を現した。その男の背丈はキャスよりも低くく、ナインの胸にも到達していない。

 ナインを一瞥した男は、小屋から離れて無言でついてくるように促す。
 そうして十数歩。男はようやく口を開いた。
「あのさぁ、アンタの順番なのは分かるけど、ちょっとだけ待ってくれよ」
 男は開口一番にそう言った。
「順番?」
 ナインは訳も分からず聞き返す。
「アンタも愉しみにきたんだろ? 昨夜は俺の番だったんだけどよ、道に迷って今朝ここに着いたばかりなんだ。まだ何もしてねえんだよ。な? 夕方まで待ってくれよ」
「……!」
 ナインは表情を崩さないように努めた。爆発しそうになる感情を懸命に堪える。
 男はへらへらと笑いながら、そんなナインの様子を窺っていた。
「アンタだって高い金を払ってるのは分かるよ? けどオレだってアンタと同じだけ払ってんだ。
 男はさらに卑下た笑みを浮かべ、「な? 頼むよ」と繰り返した。
「村長……だな?」
「あぁそうだな。村長に掛け合って料金をまけてもらうといい」
 ナインの顔には怒りの色がありありと現れていた。それを見た男は逃げ転がるように小屋へと戻っていった。
 ナインは村長の家の方向を睨む。
 すると正反対の方向から、馬蹄と馬車の車輪の音が聞こえてきた。そしてそれを止めようとする村人の声が、それに村長が乗っていることを教えてくれた。
「逃げたか」
 ナインは遠ざかってゆく音に一瞥をくれ、目の前の小屋へと向き直る。今はキャスのことが優先だ。
 木製の扉を強めに叩く。その数は三回。
 返事を待たずに扉を開こうとするが、カンヌキが掛けられており、扉は開かない。
 扉からは、キャスの声だけが微かに漏れ出ていた。
「おい! 開けろ!」
 叫ぶこと数回。扉を叩いた数はその三倍。
 ゴトリと音をたて、ようやくカンヌキが外される。
 開かれた扉から、身体の前面をはだけさせた薄布一枚を羽織ったあられもない姿のキャスが現れた。
 その瞳は深い悲しみに沈み、その口元は絶望がもたらす微笑みを湛えている。
 ナインはそんな彼女をも愛しいと思った。触れると壊れてしまうような儚さ故の一瞬の輝きを、美しいと思った。
 キャスの頬に手を伸ばしかけて、ナインはその手を止めた。
 鋼鉄の鎧で身を包んだ自分は、彼女に触れてはならないと思ったのだ。
「エルセントからここまで来るのに、三ヶ月も掛かったよ」
 ナインは、はだけたままになっているキャスの服をそっと整える。
「クオン……死んじゃったよ……」
 誰に向けられたものでもない言葉は、行く宛てなく彷徨い、壁に砕けて消えていった。
「迎えに来たよ。一緒に帰ろう」
 ナインが必死に紡ぎ出した言葉に、虚ろな顔で不安気に存在する少女は、微かな反応を見せた。

「アナタだぁれ? あたしはクオンを待っているの」