小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

君にこの声がとどくように

INDEX|16ページ/28ページ|

次のページ前のページ
 
「あとは信じて待つしかねぇ」
 ザックはギルバートの荷物を大事に抱えていた。
 それを寝台に横たわるギルバートの足元に添える。身長が低いギルバートが寝ているため、足の部分が大きく余っている。
 ザックはそこへゆっくりと腰を下ろした。
 竹で編まれた寝台が、ぎし、と一度だけ鳴り、ザックを受け止める。
 ザックはギルバートの荷物から再び一本の棒を取り出した。
 先端の赤い石はロウソクの炎を鈍く反射させている。
「こんなもん見ちまったらよ……」
 ザックは赤い石をじっと見つめていた。
「魔が差したっつーか、言い訳にもなんねぇな」
 そうして自らの未練を振り払うように荷物の中に戻す。
 その様子をじっと見守っていたナインは、少しだけその気持ちが分かった。
 先端にはめ込まれた赤い石を見ていると、ぞわぞわとして落ち着かなくなり、「なんでもできる」という根拠のない自信のようなものが際限なく溢れてくる。

 自分が一番偉いのだ。
 自分が一番辛いのだ。
 自分の考えが正しいのだ。
 思考が単一化され、他の選択肢が存在しなくなる。

 それは先端の石に秘密がある。
 一見、ルビーのように見えるが、実はエルセント北西にある山脈の至るところで発見できる魔晶の一種で、装飾品としての価値も宝石としての価値も低い。また、所有者もその影響を受けてしまうので、心得のない者が持てばその身を滅ぼす魔石と化してしまう。
 ギルバートが持っていた棒は、一般にはその存在を知られていないが、相手の集中と平静を奪うことを目的として、魔法士たちが好んで使う短杖だ。エルセントの魔術協会で販売されている。

「そういや、アンチャンは症状が出てないな」
「そうですね。量が少なかったんでしょうか?」
 ザックはまじまじとナインを見る。
「ほら、僕は身体が大きいですし」
 ナインは筋肉隆々の大男だ。十七歳だと言っても誰も信じてくれないことが悩みの種となっている。

「そっちの坊主が持ってる宝石と、アンチャンの大層な鎧を売れば、いい金になると思ったんだ。すまねぇ、このとおりだ」
 思い出したように、ザックは頭を下げた。
「どうか頭を上げてください」
 この漁師も被害者なのだ。
 原因は魔石所有者のずさんな管理にあったのだから、自業自得だと言えばそれまでの話。
 とにかく今は、ギルバートの回復を祈るだけだ。

 *  *  *

 重たい空気に支配されていた長い夜が明ける。
 地の果てまで続くのではと錯覚するほどの大河。
 上下に分裂しつつ昇る太陽が未だ薄暗き空を行く流雲を赤く染め、それらを受け止める水面は乱反射を加えて唯一無二の輝きを放つ情景へと仕立て上げる。

 東に昇る太陽から左、北東へと視線を変える。目指すフロンティアは遥か遠い。
 その目には向こう岸すらも捉えることができないのだ。

 ナインは立ち上がる。
 そろそろギルバートも目を覚ますだろう。

 ナインはクオンの言葉をもう一度思い出した。

『この世の中には人の上に立つことを勘違いしている連中がいる。
 果たすべき責任を果たしているからこそ、その人は偉いんだ。

 地位に頭を下げるな。
 地位があるから偉いんじゃない。

 地位を求めるな。
 偉いからこそ地位が与えられる。

 辛い現状に耐え、頑張って生活している人たちがいる。
 そうして生き抜くことが、その人の果たすべき責任だからだ。
 だから、その人たちはみんな偉いんだ。
 本来ならば、そういう人にこそ、頭を下げるべきなのだ。

 いいか、ナイン。
 聖騎士を目指すのならば、忘れるんじゃないぞ。

 間違っていることは間違っていると言うこと。
 楽しいことは楽しいと言うこと。
 それが生きるということ。
 それが責任を果たすということ。

 天は自ら助くるものを助く。
 しかし神はご多忙なのだろう。

 ならばこそ。
 責任を果たしている人々が報われない今の世を変えるために
 我々が日夜努力を続けなければならない。

 それが我々の果たすべき責任なのだ』

 今にして思えば、『聖騎士になりたい』と打ち明けたからこそ、クオンは義父としてではなく聖騎士として、厳しく自分に接してくれていたのではないだろうか。
 ナインは、そんなことにも気付けなかった愚かな自分を恥じた。

「義父よ、愚かな僕をお導きください」

 祈りの言葉は、悠久の流れにそっと染み込んでいった。

 *  *  *

 目を覚ましたギルバートは、昨夜のことを覚えていなかった。料理が美味しすぎて食べすぎたと思っているらしい。
 これでもかと頭を下げ続けるザックに対し、意味が分からないという顔をしていた。
 これで誰も必要以上に傷つくことはない。
 ナインは感謝の祈りを捧げた。

「河を渡る方法なんだが……」
 ザックは重々しく口を開いた。
 この街での渡河を諦めていたナインは、わずかな情報でも欲しいところだった。湖の南まで行けば渡河船があるとか、川沿いを北上して最初にたどり着く橋までの距離など、どんな内容でも歓迎だったのだ。
 ザックは二人の熱視線に少々戸惑いを見せながらも、ゆっくりと説明を続けた。
「河鮫の攻撃は、実はモビングなんだ。自然界は単純だ。同じ種なら、でけぇ奴が強い。自分よりでけぇ奴は自分より優れてる。皆それを分かっているんだ。けどよ、卵を産むためには食われるわけにはいかねぇ」
「モビングって?」
 ギルバートが話に割り込んで質問する。
「モビングってのは、疑攻撃だ。攻撃する振りってやつだな。集団での威嚇行動をそう呼ぶんだ。河鮫の場合は、でけぇ奴相手でも怖かねぇって示すための行動だと言われている」
「つまりどういうことですか?」
「渡河船が沈没すんのはモビングによるもんで、雌が体当たりを繰り返してんだ。沈没の衝撃で怪我しちまうと、血の匂いを嗅ぎつけた雄が集まってくる。興奮した雄は人間を襲うが、血を流さなけりゃ襲われるこたぁねぇし、河鮫より喫水部分が小せぇカヌーで渡れば、モビングの対象にもなんねぇ」
 良く意味が分からなかったが、とにかく安全に河を渡る方法があるらしいということだけは理解した。
 ザックは二人を港に連れて行き、丸太舟と呼ばれる一本の木から削り出したカヌーを見せた。
 長さは二メートル強で、船幅は四十センチ。
 身長一九〇のナインが乗り込むには小さすぎる感が否めない。
「こいつにアウトリガーをつける」
 ナインの不安を感じ取ったかのようにザックは補足する。
 アウトリガーと呼ばれる浮木をカヌーの両端に取り付けることにより、安定性と浮力を増加させるのだ。
 カヌー本体と並走する形で取り付けられるアウトリガーは、通常、喫水よりも高い位置に固定され、どちらか一方のみが水面に浮かぶようになっている。
 しかし、うねりも波もない河ではそのような計算は必要ない。
 素人である二人が船を転覆させないための、いわゆる補助輪の役目を果たすものだ。