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君にこの声がとどくように

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 ギルバートはうなだれてナインにもたれかかる。その顔は蒼白で呼吸は荒く、脂汗が滲み出ている。
 ナインは両手でギルバートを受け止めた。
「なぜ?」
「てめぇらみてぇな小僧が河を渡るために、俺たち大人がどれだけの血税を納めたと思ってやがる。好きで納めたんじゃねぇぞ? 搾り取られたんだ。それでも将来のためだと我慢してたんだ! そのくせてめぇらが持ち帰って来たのは何だ!? クソの役に立たねぇ見世物用の生き物だけじゃねぇか! そいつを買い取るために、また俺たちの血税が使われてんだ! 俺たちは耐えて耐えて堅実に生きてきたんだ。英雄気取りのクソヤロウどもに踏み台にされてたまるか!」
 ザックはギルバートの荷物から、先端に赤い石がはめ込まれた棒を抜き出した。
 長さは約四十センチで、直径二〜三センチの握りやすい太さをしている。不自然に太くなっている先端部分にある赤い石は、きらきらとした輝きを放っていた。
 ザックは満足気にそれを眺めたあと、ナインに向き直る。
「一時間で意識がなくなる。そうなりゃ苦しいと感じることもねぇ。身包み剥がしたら河に流してやる。運が良けりゃ目覚めたときにゃ向こう岸だ」
ゲハゲハと笑う。それは醜悪な笑いだった。
 ナインの身体の奥底で何かが震えた。
 毒による痺れが始まったのか、と腹に力を入れる。
「それは……何ですか?」
「あン?」
 身体が動くうちに何とかしなければならない。
 ナインはそんな使命感に燃えていた。
「それは怒りですか?」
「怒り? そうだな、天に変わってお仕置きだ」
 ナインの口から自然に流れ出す言葉があった。
 それは生前のクオンに教えられたものだ。
「たしかに、人の上に立つことを勘違いしている人はいる。果たすべき責任を果たしているからこそ、その人は偉いんだ。地位があるから偉いんじゃない。偉いから地位が与えられる」
「何言ってんだおめぇ?」
「辛い現状に耐え、頑張って生活している人だっている。それは生き抜くことがその人の果たすべき責任だから」
 クオンは王都に住む民衆の味方だった。
 彼を取り囲んでいた人々は、苦境に負けることなく笑っていた。それは彼が変えてくれると信じていたからだ。
「毒が回っておかしくなったか?」
「罰されるべきは責任を果たしていない人間です」
「生きるのが責任なんだろ? 生きるためにやってんだろが!!」
 間違っていることは間違っていると言うこと。
 楽しいことは楽しいと言うこと。
 それが生きるということだ。
「違う! 貴方は責任を放棄している!」
「だったら黙って搾り取られ続けろってのか!?」
 ギルバートの荷物から抜き取った棒を、ナインの顔面に向け突きつける。
「黙らなければいい!」
「訴えたって無駄だ!」
 二人の怒号が飛び交う度に、先端の赤い光は僅かずつ輝きを増していく。
「行動する前に決め付けるな!」
「ガキが分かったような口利くんじゃねぇ!」
 ナインの奥底でうごめいていた何かが、その活動を強める。
 ぞわぞわと心を侵食し、そして駆り立てる。
 目の前の相手を許すなと強く訴える。
「自分の過ちを別の何かのせいにしているだけの卑怯者だ! 人のせいにするな! 物のせいにするな! 自分以外の何かのせいにするな! そんなことは何の免罪符にもなりはしない!」
「大聖堂の聖騎士だってどうにもできなかったんだぞ! 誰が助けてくれるってんだ? 誰も助けちゃくれねぇ!」
「自らを救おうとしない者を、誰が救うものか!」
 ナインは突き出された棒を掴んで引き降ろした。
 二人の視線が真っ向から交錯する。
「自ら助くるものを助く……か」
 ザックの様子が急変する。
 棒から手を離し、フラフラと後ずさる。
「五年前だ。街を訪れた聖騎士さまに皆で訴え出たんだ。そのときの聖騎士さまもそんなことを言っていたな……不思議なお方だった。頑張って、信じて待ってみようと思えた……けど死んじまった。殺されたんだ! 貴族どもに! だから俺は……だから……だから……」

 ナインは思い知る。
『責任を果たしている人々が報われない世の中を変えるために、我々が日夜努力を続けなければならない』
 そう掲げていたニアライト・クオンの存在が、まだこの世界に必要とされていることを。
 自分だけが追い求めていたのではないことを。

 ならばこそ。
 誰かが、ではない。自分が後を継がなければならない。
 できるとか、できないとか、そんな問題ではない。

 やらなければならない。
 それが彼の背中を追い続けてきた自分が果たすべき責任だ。

「そういやクオンてのはその聖騎士さまの名前だ。アンチャン、何者だ?」
「クオンは父の、いえ、義父の名前です。僕はわけあってその名で旅をしているのです。義父に代わりお伝えします。責任を果たし、正しく生きているというのなら、貴方の声は必ず届きます」
 それを聞いたザックは、背中を壁に預け、ひび割れしかない天井を見上げた。
「アンタがあの聖騎士さま後を継ぐってのかい? この世の中を変えようってのかい?」
 大聖堂で『聖騎士になれ』と言われたとき、ナインは頷くことができなかった。それは自分にその資格があるのかどうか分からなかったからだ。
 しかしナインは気付いた。気付くことができた。

 資格なんて必要ない。
 そうしたいと思うかどうか、ただそれだけだ。
 だから今は、頷くことができる。
 何の後ろめたさも臆面もなく断言することができる。

「はい」
「……水を汲んでくる。そのままじゃ辛そうだ。俺の寝台に寝かせてやってくれ」
 ザックは力なく笑うと、外にある井戸へと向かった。
 ナインは苦悶の表情を浮かべるギルバートの額に浮かぶ汗をそっと拭った。

 そして祈りを捧げる。

 目の前の少年の苦しみが、少しでも和らぐように。
 己の間違いに気付いた漁師が、罪の意識に潰されぬように。
 そして、窮地を救ってくれた、亡き義父への感謝を込めて。

 それから一時間後、ギルバートは完全に意識を失った。
 魚の毒に対する有効な治療法はない。とにかく食べた物をすべて吐き出させて、大量の水を飲ませる。そしてその水も吐き出させる。意識がなくなるまでにその作業を終わらせられるかどうかが、生死や後遺症に大きく関わるのだという。
 ナインはザックを信じ、その言葉通りに動いた。いくら若輩者のナインであっても、目の輝きが変わったことぐらいは分かる。