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君にこの声がとどくように

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第二章 旅路



 王都エルセントから乗合馬車にて東に向けて数日進むと、河畔の街アゴに到着する。
 アゴの街は、フロンティアと王国との境目となる街だ。
 対岸が見えないほどの大河があり、渡河した先は未開の地フロンティアとして開発が進められているが、人外の生物が闊歩する世界でもあるため安全性は極めて低い。
 街と呼べるほどの大きな集落は存在せず、かつての国境であったアルザットの砦を除けば、百人以下で形成される村が点在するに止まっている。
 フロンティアへと向かう人々の多くは、入植が目的ではない。
 名誉・名声を得るためや、腕試しなどの目的もあるが、最も多いものは狩猟・捕獲だ。フロンティアにいる未知の生物は、エルセントの貴族に見世物として高い値で売られているのだ。

 こうして森と荒野の地フロンティアは開拓されていった。

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           〜 第二章 旅 路 〜
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 ナインは狭い馬車の荷台に押し込められて縮こまった身体を伸ばした。滞っていた血流が回復し、身体の隅々まで行き渡る。
 身長が一九〇近くまで伸びたナインは、誰もが認める大男となっていた。大きくなった身体に合わせて新調した鎧はその総重量をさらに上げ、乗合馬車の利用料として三人分を請求されるほどになっている。
 アゴの街を訪れるのは二度目。
 前回はキャスを探すために訪れ、渡河こそしなかったものの基本的な街の構造は把握している。
 太陽は傾きかけているが、夕暮れにはまだ早い。ナインが河畔の街アゴに到着したのはそんな時間帯だった。
 ナインは迷わず港へと向かい、渡河する船を探すことにした。

 桟橋には多くの船が揺れていた。
 その種類は百人は乗れるであろう大型帆船から一人用のカヌーまでと様々だ。
「あ〜ダメダメ。この時期は鮫が出るんだ」
 ナインは網をいじっていた漁師に声を掛けた。
「サメ……ですか?」
「そ、河鮫。アンチャンぐれぇの大きさの魚。小船じゃあ一発で転覆させられちまうし、でけぇ船でも船底に穴開けられておしめぇなのよ。フロンティアで一発当てようってんなら、それぐらいは下調べしておかねぇとよ。命が幾つあっても足りねぇぜ?」
 河鮫は、南にある湖に生息している完全肉食の魚で、産卵のために河を北上する習性がある。卵を身に宿した雌の河鮫は、神経質になり凶暴性を増し、渡河船を襲うようになるというのだ。
「他に河を渡る方法はないんですか?」
「河沿いに南下して国境を越えるか、北上して源流を渡るか。北は険しい山と森を行くことになる。馬は使えねぇし、迷子になるのがオチだ。ま、産卵が終わるまで待つこったな」
 ナインの視界の隅に、出港する船が映る。
「あの船は?」
「ん? あぁ、あれは河鮫を獲る狩猟船だ。河鮫の卵は美味いらしい。あとヒレだな。王都の貴族連中が高い金で買ってくれる。俺は食べ方も知らねぇけどな。河鮫の産卵時期に船を出すのはあいつらぐらいのもんだけどよ、いくら頼んでも向こう岸には行っちゃくれねぇよ。あっちには卵を買ってくれる金持ちがいねぇからな」
 なるほど、と苦笑いを浮かべるしかなかった。

 岸壁に停泊している船舶から、一人の少年が追い立てられるように降りてきた。
「バーロー! もう頼まねぇよ!」
 少年は幼なさが残る高めの声で、思いつく限りの罵詈雑言を吐き出したが、船員は無視を決め込む腹づもりらしい。
 ナインはその様子を何とは無しに眺めていた。
「あの子供も向こう岸に渡りてぇと言ってたな。知り合いかい?」
「あ……いいえ」ナインは首を横に振る。
 その間にも、少年の口からは臆病者だの見掛け倒しだの筋肉達磨だのといった言葉が流れ続けていた。
「アンチャン、どうすんだい?」
「お金を払えば船に乗せてもらえるなら、交渉してみようかと」
「やめときな。身包み剥がされて河鮫の餌にされちまうよ。あいつらは命より金を取る連中だ」
「しかし、他に方法が……」
「今夜泊まるところはあるのかい?」
 漁師はナインの言葉を遮る。
「いえ、今日中に河を渡るつもりでしたから」
「アンチャンみてぇな世間知らずで、どの宿も一杯だよ。河を渡らせてやれねぇ代わりに、一晩ぐらい泊めてやる」
「それはありがたいですが、しかし……」
「おーい坊主! おめぇも一緒に来い!」
 漁師は網を折りたたんで肩に担いだ。

 どうやらこの街の船乗りたちは、話を最後まで聞かないタチらしい。

 *  *  *

「僕はクオンと言います」
 ナインはニアライト・クオンを名乗って旅をしている。
 その理由はただ一つ。キャスが反応するのはこの名前だけだということ。キャスがうわ言のように繰り返すこの名前を聞いて反応する人物は、キャスを知っている可能性が高い。
 つい数日前までは、この名前だけがキャスを探し出す唯一の手掛かりだったのだ。
 漁師はザックと名乗った。
 焦げ茶色の硬い髪、顎と頬に生えた不精ひげ、日焼けした肌、各所についた筋肉。そのどれを取っても漁師らしく見える。
 彼の家は街の隅にあった。漆喰で白く塗られた美しい表通りとは全く違い、向き出しの、それもひび割れた土壁の家だった。
 その周囲にある家もどれも似通ったもので、同じ街なのかと思うほどの差を感じざるを得ない。
 どこかしら陰鬱な雰囲気に包まれたこの区画は、お世辞にも居心地が良いとは言えなかった。
「こんなところだが、野宿よりはマシだろ」
 ザックはゲハゲハと下品に笑った。
「おいらはギルバート」
 船を追い立てられていた少年は、変声期を迎えていない高い声で名乗った。頬のそばかすが彼のヤンチャな性格をあと押ししている。
 髪は明るい紫で、首の後で乱雑に纏められていた。その尻尾の部分はほんの数センチしかない。

「食いながらで構わねぇから、話を聞かせてくれや」
 夜になると、ザックは魚のアラと味噌を混ぜて作ったツミレのスープを振る舞った。
 その味に二人は舌鼓を打つ。
「ザックさんは食べないんですか?」とナインが訊ねる間も、ギルバートは箸を休めない。
「食器が二人分しかないんでな。それにアンチャンの図体だと三人分にはならねぇだろ」
 ナインは椀と箸を譲ろうとしたが「あとでもう一度作るから」と頑なに拒まれた。
 そうしているうちに、カランと椀が落ちる音がして、ギルバートが苦しみ出した。
「喉に詰まらせた? ザックさん、水を」
 しかし、ザックは動かない。
「朝まで安静にしてりゃあ、死にはしねぇよ」
 ザックの表情から先ほどまでの暖かみが消えさり、代わりに冷淡な笑みが浮かんでいる。
「まさか……毒を?」
 ナインは食事に一服盛られたことを悟り、ザックを睨みつける。
「おいおい、毒を盛ったりなんかしてねぇよ? たまたま出した魚が毒を持っていただけのことよ」
 しかし、その表情が確信犯であることを告げている。