自分嫌い同盟
七月。深緑の木々の隙間から、太陽の光がまばゆいばかりに溢れる、若干蒸し暑さを感じるこの季節。綱木は、開閉式下駄箱に自分の靴をいれ、上履きをプラスチックの床板に、ぱんっと乱暴に置いた。その綱木の横を、秋山が通っていった。そして、秋山が下駄箱を開けた途端、彼女の悲鳴が空気を裂いた。
「どうした!」
ほぼ隣にいた綱木は、急な事に驚きつつ上段にある秋山の下駄箱を覗いた。
「み、み、みみず」
下駄箱の中にミミズの死骸。下の段の靴をいれるところに何匹か、うなだれたようにべらりと広がっていた。綱木は舌打ちした。傍観者を気取っていられる状況ではなかった。綱木はちり取りを下駄箱のある玄関の隅からもってきて、ちり取りでミミズを回収し、ぼとぼとと捨てた。
一方、しゃがみ込んで怯えている秋山は、とうとう自分にも来たのかと思っていた。彼女は数々の中傷を受けてきたけれども、ここまで酷い“実力行使”をされたことはなかった。友達の輪を失っても柳川を守っているという自負心が、彼女を支えていた。その自負心は、自分は被害に遭わないという傍観者の強さに似ていた。いざ矛先が向けられると、自分はこんなにも弱いのだと、秋山は痛感し泣いていた。
「玲子、どうしたの」
やや綱木達に遅れて学校にきた柳川は、座り込んで泣いている秋山に寄り添った。秋山は、彼女に何と言葉をかけたらいいか分からなかった。秋山の中の天秤が、ぐらついていることを、何かの拍子に言ってしまうような気がして
「何でもないの、何でも」
と口にしていた。
この事はその場に駆けつけた教師と綱木から担任の教師から校長に伝えられ、全校集会で虐めについて啓発された。
その後も、柳川や秋山に対する嫌がらせは続いた。水泳の時間の間に下着が無くなっていたり、教科書などがバラバラに切られていたり、或いは鞄の中身が全てプールに投げ捨てられていたり。
しかしそれらの出来事に対し学校側ができたことというのは極めて少なかった。全校集会で注意を促す、ホームルームの時間に虐めの不当性を教師が訴える、その程度のものでしかなかった。虐めの首謀者達はそれを聞いて欠片ほどの反省も持たなかったし――なにより誰がやったか特定しづらい事が学校側の対処を遅らせていたと言える――、多くの傍観者達は、自分に実害が及ぶのを恐れて何もしようとはしなかった。
自分のあり方を、この陰湿な虐めを眺めるだけの立場の中で求めていたのは、綱木だけだったかも知れない。しかし綱木は、この教室に渦巻く悪意と自分を比況し考える度に、彼は自分のできることなど無いのではないかという疑念を抱かざるを得なかった。仮に味方にまわったところで、何ができるのか、虐めは無くなるのか。何もできやしない。俺には何も変えられない、その思いが、彼の心を貫くのであった。