自分嫌い同盟
時間を少し巻き戻すと――
「夏美、本気?」
秋山は先ほどまで弁当を一緒に食べていた友人に言った。柳川には話があるからといって、先に教室に戻っててと言ったのだった。
「うん」
夏美と呼ばれた女子生徒は、若干罪悪感の籠もった目で秋山を見つめた。
「広子と一緒に居たら、どんどん友達いなくなっちゃって」
ヤナ子と居たら友達やめる、そんな内容が女子生徒を中心に蔓延している事は、秋山も知っていた。
「広子は、あたしと夏美しか――」
「分かってるよ、でも私だって他に友達がいるの」
多分、良心に訴えかけても駄目だろうと秋山は感じた。そして、柳川の友達をやめると言うことは、必死に彼女をかばい続けている秋山とも縁が切れる事を意味していた。秋山もまた怖かった。昼食時のざわめきも耳に入らない、目眩に似た感覚が秋山を襲う。
「私は、玲子みたいに強くないの」
あたしだって強くない。あたしだって。そう言いたくても、彼女は堪えていた。それが彼女自身の正義感に依るものか、はたまた目の前の少女のように友達という名の鎖に囚われたくなかったのか、彼女は判然としなかった。
弁当箱をナプキンで包み、去り際に一言。
「あんたなんか、だいっ嫌い」
それが、精一杯の秋山の強がりだった。
その日、柳川が夜八時半頃に塾から戻り、住宅街の狭い二階建ての一軒家である自宅に戻ると、真っ先に二階の自室に向かった。狭くて急な木製の階段をゆっくり歩き、廊下を二、三歩あるくと右側に、白と黒、二匹の猫のドアプレート――それには広子と書かれている――が掛かったドアがある。そこが柳川の自室である。四畳ほどの広さの木の床、入って直ぐの手前側左側には勉強机、その向かい側には小物入れがびっしり、更にタンス、クローゼットがある。女の子の部屋としては幾分かシンプルな構図だった。
そしてベッドの下に――猫がいる。
別に隠しているわけではなく、飼い猫なのだが、ご飯とトイレの時以外は大概この部屋にいる。女の子の部屋にしてはシンプルなのは、ペットがいるからだろう。そして柳川もそれを嬉しく思っている。貴重な友達だ。
「みぃくん、みぃくん」
鞄を勉強机に放り出して、下を除くとアメリカンショートヘアーの子猫が柳川の姿を認めたらしく表に出てくる。みぃくんと呼ばれた猫は座り込んでいる柳川の周りをうろつくと、膝の上にとんと乗っかる。それを優しく抱き上げると、彼女はベッドにゆっくり倒れた。
「みぃくんはずっと友達だよね」
柳川は、自分の友達が一人またいなくなったことを、それとなく、学校の帰り際に秋山の言い様から察していた。彼女は自分の胸に小猫を抱いて、少し寂しげに呟いた。
「玲子も、ずっと友達でいてくれるかな、私、少し怖いんだ」
小猫はみゃあと鳴き。肉球をぽてぽてと広子の顔にあてる。
(きっと大丈夫だよね)