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いとこんにゃく
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誰が為にケモノ泣く。Episode02『手のひらに希望を』

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 葛城の言う『馬面野郎』とは、生徒たちがつけた教頭のあだ名で、その呼び名のとおり顔が長く、顎が反り出ているのが特徴だ。声の大きさも有名で、サボリ行動が彼の目にとまったら最後、大衆の前で名指しで注意されるのだ。それはつまり、全校行事ならば全生徒から注目を集めることになり、トラウマ級の恥を掻かされるということになる。そしてまさに葛城は、今日の校長講話でそれをされてしまったのだ。
 拳を振り上げて怒りの雄叫びを上げる葛城を、一弥は慰めるように「好きにしろ」とポンポンと肩を叩く。
「葛城、応援してるぜ。きっと誰もがいつかはそうしてやりたいと思ってるさ。それを実現させたら、お前は一躍ヒーローだよ」
「一弥〜。オレ…もう彼女できないかも」
「まぁ、しばらくは避けられるだろうな」
 縋る目を向ける葛城に一弥は困ったように目を逸らした。
「うあぁ!オレの人生灰色だーッ」
 頭を抱えて、唸る葛城。周りにいた生徒たちが葛城の悲鳴に驚いて目を向ける。こういった人目をはばからない言動がむしろ葛城に彼女ができない理由だったりするのだが、そこは友人として忠告するべきか否か難しいところだった。
「まぁ落ち着け。人生は長いんだから。…と、なんだ?」
 一弥は、目の前の光景に思わず足を止めた。
 校門に人だかりができている。その規模は校門を覆い尽くすほどで、人の出入りはどうやっても不可能なほど人が集まっていた。
「なんだなんだ?事件か!有名人か!?」
 さっきまでの凹みようはどこへやら、葛城は嬉々として人込みの中へ勢い良く飛び込んでいった。
「…ったく、切り替え早いな」
 一弥はやれやれと肩をすくめる。だが、あえて葛城の後を追って人混みの中には入らない。もみくちゃにされるのはゴメンだ。一弥はひとまず校内から出ることを優先して、駐輪場を経由し体育館脇を通って外に出ようと試みた。
「誰、あの人。モデル?見たことないけどすごいスタイル抜群じゃない!?写真!写真」
「こんな地味な地方にも、あれほどの美人がいたんだなー。緋武呂もまだまだ捨てたもんじゃないな。目の保養、目の保養」
「超美人だ!これは先日彼女にフラれたばかりのオレに神からの慰め!?。写メしてダチに自慢してやろッ」
 悲鳴に近い歓声をあげて携帯を構える生徒たちを見ていると、まったく興味がないわけではない一弥もふつふつと好奇心が沸いてきた。
「ねぇ、誰か待ってるのかな?親?姉弟?それとも恋人とか!?」
 勝手な妄想に盛り上がる生徒たちの合間を縫って一弥は、駐輪場の金網に足を引っ掛けて上った。写真を取ろうと躍起になる生徒(主に男子なので目立ちはしない)に混じって、皆の視線の先を追う。
 そして、生徒たちから一身に注目を集める対象を視界に収めて――
「――ゲッ」
 カエルが潰れたような声が一弥の口から漏れた。
「マジかよ…」
 生徒たちの好奇の視線の先には、注目されるには十分過ぎる魅力を醸す――アリシアがいた。ワインレッドのハーレーに軽く腰をかけて悠然とする姿はやたら絵になっていて、そこだけ切り取って額縁に入れて飾りたいくらいに魅惑的で妖しいフェロモンを放っている。その姿は、呼吸を忘れるほどにただただ美しい。
 だが、一弥はそれどころではなく、混乱していた。
「なんでこんなところにアリシアがいるんだよ!」
 思わず声を上げてしまったことにも気付かなかった一弥だが、ふと周りの視線が自分に注がれていることに気付き――頬が引きつった。
「…アリシアって。あの女こと?」
「八、もしかしてお前…知り合い?」
「え、いや…その」
 一弥は目を落ち着きなく動かし、このピンチをどう乗り切ろう?と考えを巡らせた。だが、こういうピンチなときに限って妙案はなかなか思いつかない。皆の視線が釘のように一弥に突き刺さり、動くに動けなくなったそのとき、制服のポケットに入れていた携帯電話の着信音が鳴り響いた。
 一弥は、なんでこのタイミングで!と心の中で叫んだが、このピンチを切り抜けるきっかけになるかもしれないと皆の痛い視線に耐えつつ、電話に出た。
「もしもし…」
『ども。大ピンチじゃない』
 電話の相手は、梶だった。どこからか自分を見ているのだろうか。その声はどこか楽しそうだ。
「…なんだよ」
『――して』
「え?」
 口調からして、てっきりからかわれるだけかと落胆した一弥だったが、梶の次の言葉に――ごくりと息を飲みこんだ。
「…」
 そして、覚悟を決める。アリシアと自分の関係を固唾《かたず》を飲んで待つ生徒らに向かって一弥は、乾いた笑みを浮かべた。
「アハハ――そうそう!あの人、俺の家庭教師なんだ。ほら、来年大学受験だろ。俺、英語苦手だから、今から対策しておこうと思ってさ」
 ちと無理がある言い訳だなと思いつつも、それを聞いた生徒たちの反応はとても個人的で、単純なものだった。
「いいなぁ、あんな美人と一対一で個人レッスンかよ!オレも英語習いたい」
「贅沢。おまえには贅沢過ぎる!おれと代われッ」
 言いたい放題なのは自分も同じだったりするのだが、この流れでどうにか切り抜けられそうだった。
「じゃ、そういうことだから」と一弥は人込みを掻き分けるように一気に突っ走った。しばらくは、このことで弄られそうだが、やむを得ない。なにも言えずに勝手な誤解をされるよりはマシだった。
「アリシア先生。お待たせ」
 実は最大の山場は、一弥のその場しのぎの妄言に、アリシアが付き合ってくれるかどうかだったのだが、突然の『先生』呼ばわりにアリシアは眉こそひそめたものの、一弥の懸命な目配せに事情を察すると、この世のものとは思えない柔らかな微笑(一弥にとっては悪魔の笑み)を浮かべた。
「あら一弥クン、遅いわよ。先生待ちくたびれちゃったわ」
 アリシアは一弥に笑顔でヘルメットを渡した。ハーレーのエンジンがかかると同時に生徒たちから「おぉ、かっけえー」と歓声があがる。
「さぁ、一弥クン。今日は課外レッスンよ。それじゃ、キミたちも勉強がんばりなさい。グッバイ」
 アリシアは、人差し指と中指をたてて生徒たちに手を振ると、慌てて後部座席にまたがった一弥を乗せて、一気にハーレーを加速させた。


アリシアが一弥を連れてやって来た場所は叶駅だった。
「…ったく、なんだよ。このマンガみたいな展開は」
 苛立たしげにそう呟いたのは一弥だ。美人と待ち合わせするなど男なら誰でも憧れる夢が思わぬ形で実現したわけだが、実際に体験すると喜びなど微塵も感じる余地はなかった。どうやってあの羨望の槍降り注ぐ窮地を乗り越えるかで随分冷や汗をかいてしまった。
 ハーレーに身体を預け、げっそりと項垂《うなだ》れる一弥をアリシアは、「あら当然じゃない」と黒髪をかき上げる。
「元はといえば一弥がアタシの電話に出なかったのが原因よ?」
「授業中に電話に出られるわけないだろ」
「終わったら電話くれてもよかったのよ?電話くれればあんな目立つところで待っていなかったわ」
「…」
 絶対言えない。電話するのを渋ってしまったなんて。もしかしたら、とうに見破られているのかもしれないが。
 一弥はバツが悪そうに目を逸らして、