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いとこんにゃく
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誰が為にケモノ泣く。Episode02『手のひらに希望を』

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4,二人の課外レッスン



 アリシアがケモノ使いとして活動を始めたのは、世界で初めて心傷顕在化症を発見し、その研究と治療に生涯を費やした心理学者であった父、ヴィルヘルムの遺言を受けての決断だった。
 ヴィルヘルムが遭遇した過去の例にない特異な症状を持つ精神疾患――心傷顕在化症。
 心的外傷《トラウマ》などの精神的な負荷《ストレス》によって心に負った【疵】が起因となるこの症状は、発症者の【疵】から逃れたいと思う逃避の意思によって、今までの類に見ない特異な現象を引き起こす。
 それが”ケモノ”と呼ばれる存在の出現だ。【疵】の痛みが外界に顕在《けんざい》化した存在であるケモノは、発症者以外の人間に危害を加える特性をもつ。ケモノは、発症者に拒絶された痛みを第三者に与えることで、それを解消させるのだ。発症は【疵】の痛みを追い出すことによって心の安寧化を得るが、無意識のうちにまったく関係のない人間を巻き込み、間接的に傷つけてしまう――それが心傷顕在化症の特徴だ。
 ヴィルヘルムの手によって、明らかにされた心傷顕在化症の実体。
 発症者の心に負った【疵】。【疵】に起因するケモノという存在の出現。そしてケモノによってもたらされる第三者への危害。かつて類のないその特異性と危険を孕んだ心傷顕在化症の報告は、協会に大きな波紋を呼んだ。ヴィルヘルムは、今後拡大する可能性があると緊急性を訴え、早急な対応を協会に働きかけた。
 しかし、協会からの反応はヴィルヘルムを失望させるものだった。

 その答えは、――心傷顕在化症そのものの秘匿。

 あまりに特異な症状ゆえに協会は、社会全体に与える影響を懸念し、公表を控え、その事実一切を隠蔽することを選択したのだ。
 発症する可能性を孕んだ人間は世界規模で存在するにも関わらず、協会は心理学の骨格である『心の解明と救済』という本来の目的を放棄したのだ。
 それはヴィルヘルムを、ひいては発症者を裏切る行為に他ならなかった。
 協会を脱退したヴィルヘルムは、独自に心傷顕在化症についての研究と治療を続けた。 発症のきっかけ。ケモノの行動原理。そして【疵】の克服方法に至るまで――。
『一人でも多くの発症者を救うことこそ、心傷顕在化症を初めて確認した自分の使命であり、世界に隠蔽されたことの贖罪《しょくざい》である』と。
 そしてヴィルヘルムは長い月日を経て、ようやく心傷顕在化症の克服を成功させた。
 父の心血を注いだそのすべてを家族であるアリシアはずっと近くで見守り続けてきた。他者から見れば、家族の絆より研究を優先する最低の人間だと批判されていたヴィルヘルムだったがアリシアは、そう思ったことは一度だってなかった。父はつねに家族を想っていた。家族もまたヴィルヘルムのその想いに応え、彼の心に理解を示し、協力していた。
 過労で倒れたヴィルヘルムは死の間際、骨の浮き出た自分の手を必死に握りしめる幼いアリシアに、こう言った。
『私は、家族の支えがあったからこそ、力の限りを尽くせた。満足に会話も、旅行にも連れて行ってあげられなくて…今ここで謝る私を許してくれ。――ありがとう。
 そして、アリシア。私はお前に一つだけわがままを言わなければならない』

『――私の意志を、継いでほしい』

 アリシアは、冷たくなっていく父の身体に自分の体温を分け与えようと、全身で父の身体を抱き締めながら、『――はい』と頷いた。


 アリシアが父の使命を受け継ぎ、本格的に活動をし始めて数年が経った。世界中を飛び回り、様々な事情で心に【疵】を負った発症者と接し、その知識と経験を重ねることでアリシアは着実に父に近づいていた。ヴィルヘルムの死は、世界中の社会的守護のない発症者に衝撃と不安を与えたが、アリシアは自ら行動することで信頼を得て、いつしか”ケモノ使い”として、発症者たちの未来に再び光を灯すまでに成長と遂げた。
 だが、アリシア一人の手ですべてを把握し、解決できるほどの力はない。そこで発症者に関わりのある人間や父の同胞の協力を得て協力者を募り、発症者の社会的守護及び、精神的支援を目的とした組織を作り上げた。それが周防樹を含めた”オペレータ”と呼ばれる協力者たちだ。アリシアは全世界に散らばるオペレータから発症者あるいはケモノに関する情報を集め、父の生前の活動を胸に刻み、後継者として日々奔走している。
 一弥がケモノ持ちとなった一件から一ヶ月――。
 アリシアは一弥の様子を見るためにしばらく緋武呂に留まることを決めていた。ケモノを制御し、【疵】を克服していくには長い時間を必要とする。特にケモノ持ちとなったばかりの頃はケモノの制御に関わる発症者の精神状態が安定しない。そのため、今の時期は発症者の自覚も含めて克服に繋がる重要なタイミングなのだ。といっても、一弥一人に注力する余裕があるわけでもなく、今日もアリシアは近県に滞在するオペレータの下に足を運んでいた。
 その帰り、ワインレッドのハーレーに跨がったアリシアは、高速道路のサービスエリアにいた。
 ヘルメットをとり、太陽の光を浴びて黒艶する髪を風に委ねながら、耳には携帯電話を押し当てている。自然と集まる好奇の視線を全方位から浴びつつ、アリシアは携帯電話のスピーカーから聞こえる周防の声に、一言一句耳を傾けていた。
 その内容は、新たなケモノ出現に関する報告だ。
「ふむ――わかったわ。このままついでに現場を見てくることにしましょう。…そうね、一弥も同行させようかしら。彼の連絡先を教えてちょうだい」
 無駄のない打ち合わせを終えたアリシアは、次に周防から訊いた一弥の携帯に電話をかけた。
 しかし、いくら待とうが相手の声は聞こえてこない。アリシアは苛立たしげにブーツの踵を鳴らし、それでもしばらく辛抱強く待っていたが、やがて大きなため息とともに携帯を閉じた。
「…もう!一弥ったら、肝心なときに連絡が取れなくてどうするのよ」
 小さく舌打ちするアリシアだったが、ふと何かを思いつき、指を口元に当てた。
「そうだ、アタシをやきもきさせたバツとして、ちょっとアイツを困らせてやろうかしら」
 アリシアはその美貌に魔性の笑みを浮かべると、一変して鼻歌を歌いながらハーレーのエンジンを起動した。唸るような轟音が響いたかと思うと、「ヒュー」と口笛を鳴らす観衆に向かって投げキッスをお返しすると、車体を旋回させ、サービスエリアを颯爽と出て行った。


  □■□■


 下校時刻を迎えた緋武呂高校正面玄関前の噴水広場は授業を終え、校舎から出てきた生徒たちで溢れていた。今日は放課後の部活が休止日なため、いつもより人の数も多い。
 その中には友人とともに下校する一弥の姿もあった。一歩先には、眉を吊り上げて肩を震わせる葛城《かつらぎ》榛《しん》が歩いている。
「ウガーッ!あの馬面野郎めッ。大衆の前でオレに赤っ恥かかせやがって!ぜってぇ、いつか手綱つけて乗り回してやる!」