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いとこんにゃく
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誰が為にケモノ泣く。Episode02『手のひらに希望を』

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「ところで、俺になんの用だよ。こんなところ連れてきて」
「言ったでしょう。課外レッスンって」
 アリシアは手袋をはめた右手を一弥の肩に乗せてポンッと叩いた。
「アタシの仕事に協力してもらうわ」
「仕事って…」
 一弥は不安げにアリシアを見上げ、出しかけた言葉を呑みこむ。
 アリシアの真剣な表情が、その意味を暗黙に語っていた。
 ケモノ使いがそこにいるということは、自分以外のケモノがそこに現われたということに他ならない。
 アリシアのその堂々とした立ち姿は、まるで戦場に赴く戦乙女《ワルキューレ》のように見えた。


 昨夜、ここ叶駅で電車の急停止騒ぎが起こった。乗客の少ない時間帯だったことや、停車するためにスピードが落ちていたことで、軽傷者が数人出たものの幸いなことに大事故とはならなかった。急ブレーキの原因は、線路上に現われた黒い化け物。闇に溶け込むように線路に立っていたその化け物に気付いた運転士が驚いてブレーキをかけたことによる事故だった。
「運転士が見た化け物ってのは…ケモノなんだよな?」
 一弥が確認の意味でアリシアに問うと、
「実際にこの目で見たわけではないけど、現場には痕跡一つ残ってなかったっていうし、電車には衝突の跡もなかったって報告だから十中八九、ケモノね」
 ケモノは発症者のエーテル体(生物の肉体を構成するエネルギーのこと)を借りて現実に顕在化する存在だ。だから触れることができるのは同じエーテル体で構成された生物にしかできず、無機物はケモノに触れることも、ケモノから触れられることもできないのだ。と、アリシアは説明した。
 専門的過ぎて一弥はさっぱり理解ができなかったが、そういうものだと受け取っておけばいいわとアリシアに言われ、うやむやながらにそう自分を納得させることにした。
 アリシアはふぅと息をつき、腰にあてていた腕を胸の前で組み直した。
「…一部では、亡霊の仕業とか言っている者もいるらしいわ」
 いくらか声を抑えめにしてアリシアはホームの端に手向けられている花束に視線を移した。一弥も花束の山を見るが、すぐに視線を戻すと苦々しく「…好き放題言いやがって」と怒りを込めた言葉をはき捨てた。
 ここは先日、由良の父、勇が亡くなった場所だ。
 ケモノが引き起こした事故、そして二日前に起きた勇を犠牲とした人身事故。その二つの状況は似通っていた。アリシアは、今回のケモノが人身事故に関わった関係者の誰かが発症者ではないかと睨んでいた。
「一弥、あなた亡くなった由良勇の娘と知り合いだって言ったわね。どんな子?」
「どんな子…って」
 突然言われて、いきなり言葉で表現するのは難しいものだ。一弥は頭の中で由良の人柄を思い浮かべつつ、最適な言葉を探した。
「…”一生懸命”って言葉が一番しっくりくるかな。何事も全力で取り組もうって意欲が滲み出てて、見ていると応援したくなる健気さつうか。その前向きな姿勢に俺自身気付かされることも多々あったりするんだけど。
 『――私の生き方は、父の生き方そのものです』って、断言した時の由良の表情はほんとに幸せそうだったな…」
 やりきれない気持ちにかられて俯く一弥の頭にアリシアは手を乗せてクシャリと撫でた。一弥は、それを無言で払い除ける。アリシアは肩を竦めると、駅前のビルに設置されたデジタル時計を見上げた。
 19:40
 そろそろ時間だ。もうまもなく三番線のホームに十九時四十五分発の電車が到着する。由良の父、勇が撥ねられ、ケモノが急ブレーキ騒ぎを起こした件《くだん》の電車が。そして、おそらく今日もケモノはここに現われるとアリシアは、読んでいた。ケモノを野放しにすることは、危険を放置していることと同じだ。今回の件も運が悪ければ大事故に発展しかねない非常事態であり、早急な対応が必要と判断していた。
 アリシアは立ち上がり、しゃがみ込む一弥に語り掛けた。
「一弥。もし、ケモノが彼女のものならば、先輩としてしっかり先導《エスコート》してあげなさい」
 アリシアの言葉に、一弥は「――あぁ」と力強く頷いた。
 そして、ホームに電車の到着を知らせるアナウンスが流れだした。