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いとこんにゃく
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誰が為にケモノ泣く。Episode02『手のひらに希望を』

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「おやおや、サボリとは珍しいですな。クラス委員長どの」
「たまにはそういう気分のときもあるさ。…邪魔なら出て行くけど」
「構わないよ。そういう気分、なんでしょ?」
 梶は目を細めて猫のように微笑むと、一弥の隣にしゃがみ込んだ。そして、悩ましげな表情を見せる一弥を不思議そうに見上げた。
「元気ないね?」
 一弥と梶は桐生のことで結託した際にいくつかの約束を交わしていた。
 一つは互いに隠し事はしない。二つ目は桐生に関する自分の持つ情報の共有。そして三つ目は桐生の死に関係する情報の交換だ。
 一弥が今、考えていることは梶に直接関係することではなかったが、梶は一弥のいつもと違う様子を気にかけて声をかけてくれていた。訊かれて答えないのは、約束違反だ。
 一弥は唇をきゅっと噛み締めた。
「…俺の後輩の親がさ、昨日亡くなったんだ。由良っていう子なんだけど」
「あぁ。今朝の朝刊で読んだよ。由良勇、だっけ?事故死って書いてあったけど」
「お前、新聞読んでるのか。…まぁ、そうなんだ。その子、母親を早くに亡くしててさ。父親まで失って独りぼっちになっちまった。こういうとき、どう声をかけてやったらいいんだろうな」
「…難しいね」
 俯く一弥を梶は見つめて「…でも、」と他人のために自分ができることを探そうとする一弥を少し羨ましそうに、
「きっと今の由良さんにはどんな言葉よりも、誰かが側にいてあげることが一番の励みになるんじゃないかな」
 素直に他人のことを想うその優しさに、もしかしたら桐生も救われていたのかもしれない。そんなことを思いながら、梶は一弥の背中を後押しすることにした。
 梶のアドバイスを聞いて自分なりの答えを見出したのか、顔を上げた一弥の表情はどこか晴れやかで、やるべきことをまっすぐに見ているように思えた。
「サンキュ、梶。俺にできることが分かった気がする。それにしても、かっこいいこと言うなぁ、梶は。同い年なのにまるで人生の先輩みたいな言葉だぜ」
 感心する一弥に、梶は笑って、
「ボクは六月生まれだよ」
「俺は、八月生まれ。なんだよ。たった二ヶ月なのに、差は小さいようで大きいな」
 一弥は悔しいような、羨ましいような目で梶を見て、苦笑した。


  □■□■


 梶の助言もあり、自分なりの答えに行き着いた一弥は放課後、由良の住んでいるアパートに向かって歩いていた。
 緋武呂市の東に位置する緋暮坂《ひぐれざか》地区。山の傾斜に面して住宅が建ち並び、眼下には緋晶湖を中心とした緋武呂市の景色を一望することができる。夕方になると西に沈む太陽が湖に映り込み、市全域が紅に染まる幻想的な風景をもっとも身近に拝めるということもあり、ここ近年で一気に住宅が増えた人気の住宅地だ。
「由良、大丈夫だといいけど…」
 一弥は行き掛けに立ち寄ったパン屋、葛《くず》ノ葉《は》ベーカリーで購入したエビグラタンパン(由良のお気に入り)の入った袋を下げて、緩やかな勾配が続く坂道を上っていた。
「…にしてもこの坂、きっついな」
 額には汗が滲み、繰り返される呼吸も段々と荒くなってきた。運動部ならともかく帰宅部で平地暮らしの一弥にとっては地味につらい坂道だった。
 バスという便利な乗り物がなければ、由良の家にたどり着く前にバテてしまいそうだった。
「ここか…」
 一弥はようやく目的の建物を見つけ、足を止めた。
 整然と立ち並ぶ一軒家から少し離れた場所に、由良の住むアパートは建っていた。建物のまわりに遮るものがなくて探す分には楽だったが、周囲の更地と相まってどこか殺風景で寂しさが漂っている。
 由良の家のポストには新聞が入ったままだった。窓もカーテンで閉め切られていて中は暗い。一見すると人の気配はなさそうだった。
「もしかして、留守かな?」
 とりあえずインターホンを押してみる。
 一回。
 …二回。
 ……三回目を押したところで、右隣の家の扉が開いた。顔を覗かせたのはエプロン姿のおばさんだった。夕食の支度でもしていたのだろう。
「由良さんのとこは、誰もいないわよ」
 不機嫌そうに眉を顰《しか》めていたおばさんだったが、一弥が学生だと気づくと一変して品定めするかのように目の色を変えた。
「あなた、鼎ちゃんの彼氏?」
「へ?…いや、違いますよ。知り合いです。後輩の親が亡くなったって知ったので…」
「へえ、最近の若者にしては気が利くわね。でも、鼎ちゃんは親戚のところに行っているから、ここにはいないわよ。葬儀の準備とか色々あるからね」
「そうですか…」
 残念だが、いないのならどうしようもなかった。
「気の毒よねぇ。あの親子とても仲が良くて、うちの主人が憧れていたくらい理想の家族だったのにね。酔っぱらいは本当に迷惑よねぇ」
 踵を返そうとした一弥の足が止まった。
「酔っぱらい?」
 一弥が問い返すと、おばさんは「あらやだ。そこまでは知らない?」と不謹慎だが、少し嬉しそうに顔を輝かせた。
「勇さん、線路に落ちた酔っぱらいを助けて電車に撥ねられたんだって。人を助けて自分が犠牲になるなんて、それじゃただの身代わりじゃない?残されてしまった鼎ちゃんが本当に可哀想だわ。これからどうするのかしらねぇ」
 おばさんは心配そうにカーテンの閉め切られた無人の部屋に目を移した。
「…」
 一人の行動が他の人の人生を狂わせ、それは派生するかのようにその身近にいるすべての人間に影響をもたらす。その流れを阻止する術をもし、人間が持っていたのなら、悲劇という言葉は生まれていなかったはずだ。
 生きている限り、人は悲劇と向き合わざるをえない。だが、それは辛く苦しいもの。
 一弥が背負った悲劇。由良が抱えた悲劇。
 悲劇は様々な形で人の心を苛む。
 だが、悲劇を乗り越えることもまた、人にしかできないことだ。
 一弥は思う。
 由良には、この悲しみをがんばって乗り越えてもらいたいと。自分のように選択を間違えないように。だから、ほんのわずかでも力になれることがあれば、遠慮なく自分を頼ってほしいと。
 だが、一弥の想いは由良に届く機会を失い、少女は精神的支柱を失ったショックですべての現実を拒絶してしまう。
 それが、新たな悲劇をも生み出すということに気づかずに――無意識のうちに。