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いとこんにゃく
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誰が為にケモノ泣く。Episode02『手のひらに希望を』

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 確かにケモノ持ちになったはいいが自分でも何を変えて、どうすればいいのかといったことはまったく分からないままだった。それを教えてもらえるなら、教えてもらわない手はない。ケモノ使いの正体が分からない状況での接触はあまり気が進まなかったが、拒否する理由はどこにもなかった。


  □■□■


 緋晶湖《ひしょうこ》は緋武呂《ひむろ》市を代表するシンボルにして観光名所の一つだ。緋晶湖を囲むように温泉をウリにした旅館やホテル、観光施設などが立ち並び、観光シーズンには多く人々で賑いを見せる。湖畔通りには別荘客をターゲットとしたマンションも近年多く建てられており、旅館の古風な建築と、革新的でスタイリッシュな外見をした洋風の建物が互いの雰囲気を損なわない程度に調和し、緋晶湖を飾り立てている。
 梶が一弥を伴って訪れた場所は、湖畔通りのマンションの中でも一際目につきやすい高層マンションだった。
 今年完成したばかりのこの建物は二十階建てで、緋武呂市では数少ない高さを誇るマンションだ。クラシカルな外観のマンションの入り口には、湖面に映り輝く美しい夕焼けを称えた【アーベントゾンネ】というドイツ語で『夕日』を意味する名が刻まれている。
 数週間前、一弥がケモノ使いと最初に出会ったとき、道案内をした場所だ。
「ふあ…高けぇな。首折れそうだ」
「もし折れたら、救急車は呼んであげるよ」
 遙か頭上、最上階を仰ぎ見て驚く一弥に、梶は軽口を叩きながら慣れた手つきで玄関に設置されたインターホンを操作する。
「その後は放置かよ」
 一弥が愚痴る。
「お医者さんが面倒見てくれるじゃない」
「そりゃそうだけど…」
 救急車が到着するまで介抱するという選択肢はないのか。そっぽを向く一弥に構わず梶は家主に連絡をとる。
「――あ、梶です。連れてきました。開けてくれますか?」
 直後、カチッというロックを解錠する音が聞こえた。
 ただっ広いロビーには有名な画家が描いたと思われる絵画やオブジェが飾られており、さながら美術館のようだった。ロビーの真ん中には二つのエレベーターが設置されており、最上階まで吹き抜けの構造になっている。二人は空いていたエレベーターに乗り、梶は最上階を指定した。
「贅沢な暮らししてるんだな」
 家賃は姉が借りている部屋の何十倍するのだろうかとくだらない計算をしていると、あっという間に最上階に到達した。
 エレベーターを下ると、最上階フロアの西端にある部屋の前で梶は足を止めた。
「ここだよ」
 表札には、来生《きすぎ》と書かれていた。一弥は「ん?」と思い、インターホンを押そうとする梶を止めた。
「や、ちょっと待ってくれ」
「どしたの?」
 一弥は最上階フロアをざっと見渡し、
「来生って表札、他のドアにも書いてあるけど…どういうことだ?」
 疑問符を頭に浮かべる一弥に、梶は「あ、そっか」と納得し、「聞いて驚くな、一弥クン」と人差し指を立てて、
「この最上階フロアすべてが、ケモノ使いのものなのです!」
「は…って、えええええッ!?」
 驚愕する一弥。
「…どんだけセレブなんだよ、ケモノ使い」
「まあ、ボクらとは格が違うってことだろね」と梶。
「ただ人が住んでいるのはこのフロアの一部だけだよ。よーするにこの部屋ってわけ。さて、心の準備はオーケー?」
「…あぁ」
 一弥は頷くと、心なしか緊張している心を落ち着かせるためにごくりと息を飲み込んだ。
 梶がインターホンを押すと、スピーカーのスイッチが切り替わる音がして人の声、おそらく声帯の太さから男性のものと思える、が聞こえてきた。
 あれ?と一弥が不思議に思っているとドアが開いて、やはり見知らぬ男性が出てきた。
「いらっしゃい!さ、入って」
 年齢は二十代後半から三十手前といったところだろうか。長身で細身だが、スポーツ選手のようながっしりとした体つきをしている。青年は愛嬌のある笑顔を二人に向けると、歓迎の声を上げた。そして、おもむろに一弥に手を差し出してくる。
「君が、八一弥君か。オレは、周防《すおう》樹《たつき》。これからよろしくね」
「はぁ…」
 好意的に話しかけてくる周防と名乗った青年と成り行きで握手を交わす一弥だったが、その表情は腑に落ちない。
 これから、ってどういうことだ?ケモノ使いは女だったハズだ。
 首を傾げる一弥に周防は苦笑して、
「もしかして、眞綾ちゃんからオレのこと紹介されていない?オレ、ケモノ使いの助手《オペレータ》をやっているんだ」
「…おい、梶」
 一弥はさっさと部屋に上がろうとする梶の背中を突いた。しかし、梶はちらっと舌を出すだけで何も言わない。
 ハメられた…。
 なんだかんだ言って根に持っているのではないか、と梶に対する警戒レベルを若干上げる一弥。
 今の話を聞いた限り、周防はケモノ使いの仲間のようだ。【オペレータ】という単語は意味が分からなかったが、それは後で聞こうと心に留める。
 部屋に入ると、ようやく目的の人物と再会した。
「――いらっしゃい、八一弥」
 直接会うのは今回で三回目になるが、まともに顔を突き合わせるのは初めてのことなので、一弥はすぐに挨拶の言葉が出てこなかった。
「フフ、緊張しているようね」
 ケモノ使いはリラックスした様子でソファーに腰を下ろしていた。表情を固くする一弥を面白そうに見つめ、頬に手を当てて微笑んでいる。
「…そんなことないですよ」
 一弥はつい、素っ気なくそう答えてしまった。
 見る者の心を惑わすかのように輝くその金色の双眸に、目を逸らす一弥の姿が映る。一弥の無愛想ともいえる態度に、しかしケモノ使いはむしろ楽しげに目を細めた。
「さ、遠慮しないで飲んで」
 周防が、気を利かせて三人に紅茶を配る。
 ケモノ使いはアンティークのティーカップを手に取り優雅に紅茶を一口、啜った。一弥は、紅茶には手を付けなかった。
「――そういえば、八にはまだアタシの名前を言っていなかったわね。
 アリシア・アシュレイ・来生《きすぎ》。これからは、ケモノ使いって呼ぶより名前で呼んでちょうだい」
「…アリシア。最初に教えてほしいことがある。あんた何者なんだ?」
 一弥はずっと気になっていたことをまず口にした。
 黒い化け物を【ケモノ】と呼び、なんの接点もない他人の一弥をケモノ持ちに導いた、まるでファンタジー小説に出てくる魔法使いのような人間を、一弥は信用できる人物なのかどうかはっきりさせたかった。
 一弥の真剣な眼差しに、アリシアはふむ…、と表情から笑みを消した。
「アタシは臨床心理士《サイコロジスト》よ。ケモノ持ち――正式名称は心傷顕在化症《しんしょうけんざいかしょう》って呼んでいるのだけれど。それを専門に研究・カウンセルしているわ。ケモノ使いという呼び名は、本当はそれを専門とするアタシを筆頭とした組織の名前よ」
「それが、ケモノ使いの正体か…」
「そうよ」
 アリシアは包み隠さず自分の正体を明かした。質問をはぐらかすことなく、真面目に答えてくれたことに安心した一方で、一弥の中で新たな疑問がわく。
 それは、”心傷顕在化症”とは何なのか?