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いとこんにゃく
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誰が為にケモノ泣く。Episode02『手のひらに希望を』

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1,ケモノ持ち



 休日を明日に控えた金曜日の午後。緋武呂高校教室棟四階にある視聴覚室では、月一の生徒会定例会が行われていた。
 大して広くもない空間に生徒会役員、各委員会代表、そして各学年の代表委員が正方形に並べられた長机に沿って座っている。そこには二年の代表委員である八《はづき》一弥《いちや》の姿と、一弥を『センパイ』と慕う後輩の由良《ゆら》鼎《かなえ》も一年の代表委員として出席していた。
 部屋の正面、ホワイトボード側には執行部が座り、会議の指揮を執っている。
 今月の議題は、生徒のマナー問題についての対策だ。
 新入生が学校に慣れ始め、緊張感が緩まりつつあるこの時期をピンポイントについた議題だった。
 現に、ゴミをポイ捨てする生徒がいる。タバコを吸っている生徒を見た。深夜に制服姿で出歩いている生徒がいる。などなど学校に近隣住民からの苦情の電話が多数寄せられているとのことだった。特にこの時期に限った話ではないのだが、学校側としては来年度の入学者数の確保に影響する信用問題と判断し、早急な対策を講じるよう生徒会にも協力を要請したのである。
 学校の問題というより、個人の意識の問題ともいえるこの難題に対する解決策はありきたりな意見ばかりでなかなか妙案は出てこなかった。結局、校内治安委員(略して校安委員)委員長である大門司《だいもんじ》琥朗《くろう》の提案で、以前から行っていた放課後の校内見回りを朝と放課後の二回に分けてマナー意識強化期間を設けるということに決まり、定例会はようやく終了した。
「あー、長かったあ」
 一弥は部屋から出ると、一時間に及ぶ長上場でこり固まってしまった肩をほぐすように大きく体を伸ばした。
「お疲れさまでした。センパイ」
「おう、由良もお疲れ」
 互いに声を掛け合い、二人並んで正面玄関へと向かう。
「――にしても、今日はやたら長く感じたな。話が進む一時間は早く過ぎるけど、停滞する一時間は二時間に思えたよ。会議ってやっぱ苦手だな」
 げっそりと息をつく一弥に、由良は苦笑する。
「ふふ。センパイはじっとしているタイプじゃないですものね」
「そうそう、ってそれ俺が落ち着きないみたいじゃね?」
「そ、そんな風に言ったつもりじゃないですよ、センパイッ。私は――」
 慌てて弁明しようとする由良に、一弥は「ウソウソ」と笑いかけながら、
「自分でも自覚してっから」
「…むぅ」
 からかわれたことに気づき、口をつぐむ由良。だが一弥にからかわれても、その表情はどこか嬉しそうだった。
 まるで小動物のような由良の無垢な反応を楽しんでいた一弥は、その顔を見てふと、あることを思い出した。
「そういや、今週の日曜日は由良の親父さんの誕生日だったよな?」
「はい。ついにこの日が近づいてきました」
 由良は嬉しそうにぐっと手を握った。傍目から見ても、とても楽しみにしていることが見て取れた。
「準備は万端です!センパイにおいしいお店を紹介してもらったし。プレゼントも購入済みです。絶対、父さんも喜んでくれると思います」
 俺じゃなくて、アネキの紹介なんだけど・・・と思いつつも、由良の期待に胸ふくらませるその笑顔を見ていると、そんな細かいことはどうでもいいかと、思えた。
「良い誕生日祝いになるといいな」
 一弥は、由良がこの日のために入念な計画を立て、準備を進めていたことを側で見守っていた。だからこそ、後悔のない誕生日祝いをしてほしいと心から応援した。
「はい!」
 由良は満面の笑みで頷き返し、ポニーテイルが彼女の心情を表すかのように左右に激しく揺れた。


 下駄箱で靴を履き替え、一弥は由良と別れた。帰り道は途中まで一緒のルートなのだが、今日は用事があったのだ。
 用事があると告げると由良は少し寂しげな表情を見せたが、すぐに明るい表情を取り戻すと「気をつけて帰ってくださいね」と笑み、小走りに駆けだしていった。
 一弥は由良の姿が見えなくなるまでその後ろ姿を見届けると、反対の方角に歩き出しながら、ポケットから携帯電話を取り出し、梶《かじ》眞綾《まあや》に電話をかけた。
 定例会が終わったら連絡をくれ、と言われていたのだ。
 梶眞綾。クラスメイトであり、一弥の【疵】に関わったことで紆余曲折を得て今はパートナーとして共に歩む間柄だ。
「もしもし、俺だけど今、終わった。…分かった。じゃあ、コンビニの前で合流な」
 待ち合わせ場所を決め、電話を切る。用件はその場で、と先手を打たれてしまったので何があるのかは分からずじまいだ。楽しみに待っていろ、ということだろうか。まさか、デートではないだろう。
 そう簡単に梶が自分を許すはずがないのだから――。そう思うと、少しだけ心が軋む。
 一弥は、梶の幼なじみの箕雲《みくも》桐生《きりゅう》という少年を殺害している。先日、梶はそのことを一弥本人の口から聞いた。だが、梶は警察に通報することも、恨み言の一つも言わずにその後も一弥と接している。唯一変わったことと言えば、名前の呼び方が『八クン』から『一弥クン』へとフレンドリーな呼び方に変わったことくらいだ。
 梶にどういう心境の変化があったのか一弥には想像すらつかなかったが、よそよそしくされるよりはこれからの付き合いも含めて今の方がマシなのは確かだった。
 梶は、コンビニの駐車場の車止めに腰を下ろして一弥を待っていた。手にカップアイスを持って、スプーンで一弥にこっちこっちと手招きする。
「随分、くつろいでいるじゃないか」
「ん、一弥クンの分のアイスは買ってないよ?」
「…いらないよ」
「本当はフォーティ・ワンのアイスクリームが食べたかったんだけど、店がちと遠いんだよねぇ。だから、これで我慢してるの」
「そ、そうか…。腹壊すなよ」
 一弥は梶の足下に置かれた空のカップアイスを見つけて、軽い鳥肌が立った。気候はだいぶ暖かくなったが夕方に、しかも外でアイスを二個も食べるとはなかなかタフな胃袋を持っている。
「心配いらないよ」
 梶は平然とした顔で最後の一口を食べ終えると空のカップと重ねて、脇のゴミ箱にシュートした。
「で、どこに行くんだ?」
 先頭を歩く梶に数歩遅れて歩きながら一弥が訊ねる。
 梶は肩越しに一弥を振り返り、
「”ケモノ使いさん”、覚えているでしょう?あの人がキミに会いたいってさ」
「あいつが…?」
 一弥の顔が僅かに曇った。
 ”ケモノ使い”とは、親友をこの手で殺した罪の痛みから逃げていた一弥に進む道を示した、いわば恩人ともいえる人物のことだ。しかし、本当に信用するに足る人物なのか、一弥は未だ計りかねていた。
「キミは”ケモノ持ち”になった。だから、ケモノ持ちとして生きていくための心得をアドバイスしてくれるって。良い機会じゃない?」
 梶の笑みは一弥を少しでも安心させるためのものだったが、当の一弥は渋い顔をしたままだった。
「お前、あいつと接触してたのか…?」
「うん」
 誰に会おうが、会わないだろうが梶の自由で、一弥の関与することではない。梶にとっては訊かれなかったから言わなかっただけだろう。
「…分かったよ」